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2016.03.30 02:25|読書感想
 「ねこのオーランドー」に便乗して買ったこれもイギリスの絵本。
 昔どこかでぱらぱらと目を通したのが印象に残っていて手に入れたいと思ってたのですが、タイトルも作者名も分からず困っていたところ英アマゾンの関連商品リストに画像が出てきてくれたおかげでようやく思い出せました。

31MlYH+uukL__SL500_BO1,204,203,200_ (画像はAmazonから)

 絵本よりは画文集といったほうがふさわしいかもしれませんが、ヘレン・ブラッドレイ(Helen Bradley)というイギリス人女性が自身の幼少期を振り返って描いた絵画に、同じく彼女の筆になる回想と作品ごとの短い説明書きを添えた本です。
 日本ではシリーズ四作中「ミス・カーターはいつもピンクの服」「ミス・カーターといつもいっしょに」「お茶においでになった女王さま」の三作が暮しの手帖社から出版されており(あいにく現在は絶版のよう)、他に"'In the Beginning', Said Great Aunt Jane"という題の未邦訳作もあります。置き場所に困ると思いつつ、結局日本語版と英語版ばらばらながら四冊揃えてしまいました。

 ちょうど1900年生まれのブラッドレイは当時紡績業が盛んだったランカシャー州の町リースの出身で、父方母方とも比較的裕福な事業家というアッパーミドルクラスの家庭で育ったようです。題材になっているのは彼女が7歳から10歳頃までの日々の生活の一コマ一コマで、四季の行事や冠婚葬祭といったイベント、それに普段の街角や家での光景が恐るべき細かさで描き込まれています。
 プロの画家のかっちりした画風とはちょっと違うものの、60年以上も後になってから描かれたとは思えないほどに生き生きした空気感が伝わってくる絵で、二十世紀はじめごろのイギリスの文化や風俗を知るにはうってつけの資料でしょう。

 ※ブラッドレイの公式サイト(http://www.helenbradley.co.uk/index1.htm)でもかなりの数の絵が見られますので、興味を持たれた方はまずそちらからどうぞ。右上の黄色い印"Prints"から入ってそれぞれの項をクリックしてください。

 子供時代の回想とあって、話の中心となるのは一緒に過ごすことの多い母と祖母、三人の叔母さんと近所の友人知人といった人たち(ヘレンと弟は寄宿学校に行くまでは、小学校には通わず家で教育を受けていたそうなので)。 表題に出てくる「ミス・カーター」もそのうちの一人で、一家と特に親しい資産家の若い女性なのですが、タイトルどおりいつもピンクの服を着ているためすぐ見分けがつくという訳です。人が大勢いるシーンの絵ではちょっとしたウォーリーをさがせ状態になって楽しい(笑)

 このミス・カーターや母親たち四姉妹は社会の流行全般に敏感な人たちだったようで、最新モードのファッション研究に熱心なのはもちろんのこと、揃って婦人参政権運動のデモ行進に繰り出したら暴言を浴びせられ、あげく肩を小突かれたミス・カーターは卒倒してしまったり…というエピソードなどはいかにも時代を感じさせます。
  
 そういったハプニングが大抵どこかしらで起きている街中の様子もユーモラスなのですが、私がもっと興味をひかれたのは当時の女性ならあんまり大っぴらにできなかったであろうようなプライベートな場面の絵です。
 
 たとえば「ミス・カーターといつもいっしょに」中の、避暑に持っていく夏服をまとめて洗うため(現代人からするとずいぶん優雅な話ですが、ヘレン一家やカーターさんはじめ数人の知り合いたちは毎年初夏から九月いっぱい頃まで同じランカシャー州の有名な避暑地ブラックプールで過ごすのです。仕事のある男性陣は週末だけ合流)、女性たち総出で洗濯をするシーン。「お父さんご自慢の新しいせんたく機」というのは大きめのバスタブぐらいある木の槽で、それを二人がかりでジャブジャブかき混ぜるさまは実にくたびれそう。
 これと他の巻にある、暖炉で熱した焼きごてで髪をカールするところ(煙が!)に限っては、つくづく現代に生きていてよかったと思わされる光景です…。

 もちろん全体としては、これほど古き良き時代の英国を感じさせてくれる本もそう多くないと思いますが。そもそもこのシリーズを入手しようと思ったのも、ほぼ同じ頃に活躍したM・R・ジェイムズやアルジャーノン・ブラックウッドといった作家たちの英国怪談を読むようになってからというもの、その登場人物の大半を占める当時のアッパーミドル層の暮らしぶりが気になりだしたからでした。そういったビジュアルを知るには、その時代を扱った映画やドラマが一番手っ取り早いのかもしれませんけど、ふだん映像作品をあまり見ない私のような人間にとっては、やっぱり紙の本をゆっくり眺めるほうが落ち着けるんですよね。

テーマ:絵本
ジャンル:本・雑誌

2015.01.09 07:00|読書感想
 新年最初の更新となりますが明けましておめでとうございます。本年もまたよろしくお願いいたします
今年はとりあえず前半期中にPages From a Young Girl's Journalの訳を完結させることを目標にしたいものですが…。まだやっと半分程度しか終わってません。

 最近は新しく出る翻訳ものもあまり読めてないのですが、年始休みで英国女流作家ダフネ・デュ・モーリアの作品集、「いま見てはいけない」の最後に残った一話をやっと読了しました。

いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)いま見てはいけない (デュ・モーリア傑作集) (創元推理文庫)
(2014/11/21)
ダフネ・デュ・モーリア

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収録されているのは80~100ページ前後の、やや長めの短編が五編。

「いま見てはいけない」
「真夜中になる前に」
「ボーダーライン」
「十字架の道」
「第六の力」

 今まで読んだ中で印象に残っているデュ・モーリアの小説というと、「レベッカ」「鳥」「ジャマイカ・イン」など作家が暮らしたイギリスはコーンウォールの風土と密接に結びついたものが大部分でした。しかしこの作品集は、一言でいえば「旅」を主題にしているといってよいかもしれません。

 ヴェネチア(「いま見てはいけない」)、ギリシャのクレタ島(「真夜中になる前に」)、アイルランドの田舎(「ボーダーライン」)、エルサレム(「十字架の道」)と舞台こそさまざまながら、はじめの四編はいずれも英国人旅行者を主人公に異国での体験が語られるという点において共通しています。彼らは慣れ親しんだ生活を離れて非日常へと入ったのをきっかけとして自身の内部に潜んでいた未知の部分に気づかされ、めいめいの旅は思ってもみなかった結末を迎えることになるのです。
  
 どれもいったん読みだすと止められなくなるスリリングな筋運び、そして旅する土地先々の空気やざわめきが伝わってきそうな細部まで行き届いた描写とで、読者までが主人公たちと一体になって歩き回るような臨場感を味わわせてくれる作品揃い。話が話だけにのんびり楽しい観光気分を満喫というわけにはいかないですが(笑) 行き先がどこであれ、旅というものには本来ある種の怖さが隠れているのかもしれません。

 最後の「第六の力」も、やっぱり「旅」の話と言えないこともないでしょう。ただ誰も戻って来られない(はずの)場所…あの世へのですが。当然ながら、視点は旅立つ方ではなく残って送り出す側から。なぜか不安にさせられるラストシーンの情景が強烈な読後の余韻を残しました。

 おしまいにいきなり私事で恐縮なのですが、私自身も本日夕方から六日間パリに旅行してまいります。その期間ネットは見られないので、コメントを頂いた場合の返信は帰国後までお待ちください。
 しかし現地では何やら大変なことになっているようで…。そういえばこの本にも政治テロの起きる作品がありましたけど、これ以上事態が悪化して本当に「怖い」旅にならないことを祈るばかりです。

テーマ:本の紹介
ジャンル:学問・文化・芸術

2012.10.27 22:52|読書感想
 もうじきハロウィーン、ということであちこちのお店にグッズがあふれてます。もっとも近所でハロウィーンらしいことやってるのは、ここ数年夕方に仮装行列で練り歩いてる幼児英語教室の子達ぐらいかも(見るたび親も大変だなと)。 さすがに日本ではまだホームパーティやお菓子集めが定着するところまでは行かないようですね。

 私としてはたとえ今子供に戻れたとしても、仮装とかパーティとかをしたいかは微妙なところですけど…。それでもグッズ類は眺めてるだけでも楽しくて、つい毎年一個ぐらいは衝動買いしちゃってます。

グッズではありませんが、この前秋の古本市で発掘してきた一冊。
戦慄のハロウィーン (徳間文庫) ←Amazonリンク

リンクがNo Imageになってるので別に貼っておきますね。買った古本はカバーが取れてたので私もいま初めて見たんですが、なかなか楽しいイラストですし大きな画像で(笑)

51HGYQZYBEL.jpg

 全部で十三篇を収録した1986年の書き下ろしオリジナルホラー・アンソロジーで、日本での出版はその翌年。
 執筆陣は編者のアラン・ライアン以外には、ロバート・R・マキャモン、ピーター・トレメイン、それにクトゥルフ系で認知度の高いラムジー・キャンベル、フランク・ベルナップ・ロング、ロバート・ブロックといったあたりが日本でも多数訳されている有名どころでしょうか。あとがきによると、マキャモンやトレメインはこれが本邦初紹介だったというのにはなんだか時代を感じてしまいますが。

 大人も子供もお祭りに興じる一夜の"Trick or Treat!"に象徴される高揚感とブラックユーモアが一転、真の恐怖へと変じる過程。それにどの作品にも色濃く漂う、素朴なノスタルジーと非日常の世界が表裏一体になるひとときの不気味さ。その十三のバリエーションを満喫すれば、気分はすっかりハロウィーンに

 トレメインの「アイリッシュ・ハロウィーン」はアイルランドの山奥の一軒家というこれ以上はないセッティングに加え、ハロウィーンの起源でもあるケルトの民間伝承を現代に再生させた読みごたえある一作。新訳とより詳しい註つきでトレメインの短編集「アイルランド幻想」にも収められていてこちらも面白い本です。
 
 マキャモン「ドアにノックの音が…」、それにほかでは聞いたことのない作家マイケル・マクドウェルの「ミス・マック」なども、初めののどかなアメリカの田舎町の雰囲気の中に潜む魔性がしだいにあぶりだされていく過程にゾッときます(どっちも自分の身に起きたら嫌過ぎるシチュ)。

 あとコズミックホラーでも普通のホラーでもあまり感心したことのないR・ブロックでしたが、(「アーカム計画」をカフェで読んでてあくびが止まらなくなり、結局閉店時間まで爆睡したことが ここでの「いたずら」は最後まで展開の読めない薄気味悪さがあってけっこう好き。さすがベテランの風格といったところでしょうか。

 これより先にアイザック・アシモフが纏めた恐怖のハロウィーンなる姉妹編もあるというので、そっちもアマゾンで購入して読み比べてみました。全体としてどちらが上というのではありませんが、「戦慄―」はいくぶん後味の悪さを残す毒を効かせた印象なので、そのあたりは読む側の好みしだいでしょう(もちろん「恐怖―」にもブラッドベリの「十月のゲーム」みたいな例外もありますけど...)。

 

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2012.10.13 02:19|読書感想
 このブログで変な宣伝の仕方をしてきた猫のオルドウィンシリーズですが、いつもコメントを頂くマッドハッターさんも読まれたとのことで、大変読みごたえのある一巻の紹介記事(※クリックで飛びます)を書いてくださいました。
 
 それだけでなく作品サイトにリンクまで張ってくださったので、実はまだ見てなかった私もいまさらながら読んでみることに
 なかなか充実したHPで、メイン三匹のユーモラスな紹介、一巻序盤の試し読み、それに「あなたのファミリアは何?」みたいな診断(選択肢がいかにもアメリカンなのは笑っちゃいますが)等いろいろあって楽しめます。←ちなみにこれ、私はワタリガラスorキツネザルでした。

 作品サイトにはブログもあり、最新刊の紹介ついで、というかそっちのけでヒーロートーナメントやってたりするのがこれまた面白いです。
 
 で、そのブログにあったネタなんですけど・・・

下が原作者も驚愕のドイツ語版挿し絵(日本版では省かれたらしい一巻魔女の家の場面)
http://thefamiliars.blogspot.jp/2012/05/familiars-illustrations-germany-and-us.html

一つ前の記事で紹介されてたカバーイラストはもっと強烈!

German cover Secrets

英語・日本語版とは配色が反対ですが青い方が二巻です。
独アマゾンで調べたら一巻はこんなのでした↓

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 オルドウィン、二巻ではさらに凶悪顔になってないか でもギルバート()だけはどこでもあんまり変わりませんね。

 いや、野良猫歴三年の雄としてはある意味非常にリアルなんでしょうけど (絶句) これ見てさすがに私みたく表紙買いする人はいないと思うぞ。
 ペーパーバック版とどっちのギャップがひどいか簡単には決められませんが・・・どの絵もいちおう写実路線ながら、見事なまでにキャラが違うのが凄いですよね。

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2012.09.17 05:45|読書感想
 10/3追記:実は思ったより早く、↓書いた数日後に届いてました。でもこれ、シリーズ完結編どころかラストシーンからしても続ける気満々だと思いますよ。ネタバレになっちゃうので詳しくは書けませんが、話もいちおう一区切りはついたけど二巻で判明した新事実とかぜんぜん未消化のままだし。 
 
 少し前に表紙のかわいさにつられて衝動買いしてしまった、猫のオルドウィンを主人公にしたシリーズの完結編となる第三部の英語版がこの秋出版されました。私は待ちきれなくて原書で注文しちゃったんですが、少し遅れるとかでまあ今月中に届けばいいほうでしょう。

↓こちらが三作目のカバー。前二作の例からして、日本語版でもこのイラストが表紙のはず。

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 このシリーズ、ファンタジーの王道を行く探索・冒険ものながら、いつもは忠実なお供ポジションが当たり前の動物たちの側が主役。
 シリーズの原題でもある「ファミリア」というのは、一対一のペアを組み人間の魔術師を助けて働く動物のことで、ただの使い魔とは違って固い絆で結ばれたほとんど対等な関係ということになっています。(ちなみに人と動物はふつう意思疎通できませんが、魔法使いは術で自分のファミリアと会話ができるという設定)
 
 気ままな野良猫ライフを送っていたのにひょんなことから魔法使い見習いの少年のファミリアに選ばれたのがもとで、国の運命と自分の生い立ち(ベタながら) に関わる大冒険に巻き込まれてゆくオルドウィン。
 野良猫だけあってへんに青臭いところがなく、機転が利いて肝もすわっているのに本当はけなげなオルドウィンのキャラがとってもいいです。猫、とりわけ黒白猫(強調しますが、オルドウィンは黒猫じゃなく黒白猫です!)好きの皆様、ぜひどうぞ。
 
 まだ全貌は明かされてないのですが、シリーズ通しての背景として、人間と動物族との力関係の推移が舞台となる王国の歴史を作ってきたというテーマがあります。徐々に本筋に絡んでくるこの問題にどう決着がつくのかが全体の鍵になりそう。どう完結するのか期待です。

 ところでさっきアマゾンの商品情報をチェックし直してみたら、来年一月にペーパーバックでも出るのがわかったんですが・・・

     ↓ペーパーバック版の表紙

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     オルドウィン、に、似てなすぎ 仲間二匹はそんなに違わないのに。
 
 いやこの絵も可愛いけど、、、、、こっちが日本版の表紙だったら買ってなかったかな(汗)

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2012.09.06 07:42|読書感想
 ※9/9追記:「タイムトラベルロマンス」ってのはタイトルとしてさすがに意味不明だよなと思ったので、そこだけ変更させていただきました。
 
 バイロイトの録画を見終えて感想を書き終えたと思ったら、今度は二期会の「パルジファル」がもうすぐなのに気がついたのがおととい(私は初日の十三日に行きます)。 せっかくの機会だし、数ヶ月前買ったままだったこの本に目を通してみることにしました。 

常世の森の魔女 (ハヤカワ文庫FT)  ←Amazonリンク

 オハイオ出身の女流作家スーザン・シュウォーツの小説で、原題は The Grail of Hearts 。邦訳版のタイトルから想像できるように、ワーグナーの「パルジファル」を、クンドリーの視点から再構築した作品です。
 
 そもそも「パルジファル」という物語自体がオペラ内で起こる出来事よりずっとスケールの大きなもので、その中に収まりきらなかったことの補足は、一幕のグルネマンツの過去語りに代表されるような登場人物の説明によるしかありません。
 中でもとりわけ謎のかたまりのようなのがクンドリーというキャラクターでしょう。各幕ごとになんとも不可解なありさまで出現するうえ、素性やたどってきた運命は台詞から断片的に推測することしかできず、それらをつなぎ合わせても至るところに疑問が残るという存在。
 
 ですから「常世の森の魔女」ではそういった物語の隙間を埋めるべく、ユダヤの羊飼いの少女だったクンドリーがしだいに身を落として、クリングゾル(この作品ではなんとクンドリーより長生き!)の手先となり、ついにはアンフォルタスを罠にかけるまでのいきさつが解き明かされるというわけです。
 クンドリーの生い立ちはじめ作者による創作も少なくありませんが、楽劇にはおおむね忠実でオリジナル部分も台本の記述とさほど違和感なくつながっています。

 内容がオペラに追いつくのは後半三分の一ほどで、パルジファルが登場してのちはだいたいオペラのノベライズ版という感じでした。残念ながらパルジファル本人にはそう際立った性格づけは与えられてません。心情と背景的に掘り下げられているのはクンドリー以外にはアンフォルタス、それにまるっきりゲスな悪役だけれどクリングゾルなので、このキャラ達に興味がある人には特におすすめ。あとアーサー王の魔術師マーリンがちょろっとゲスト出演(?)しているのも面白いです。
 
 なかなか捻りがきいてるなと思ったのは、「クンドリーがイエスをあざ笑ったため呪われた」瞬間の扱い方。彼女の運命を決定してしまったこの出来事、なんとそのままの形では語られていません。
 
 アンフォルタス負傷事件の後、クリングゾルに逆らった罰として魔術で一世紀のエルサレムへ飛ばされたクンドリーの精神。過去の肉体に戻され、もう一度あの呪われた瞬間を生き直さねばならない彼女の意識に、それでも今度こそイエスを刑死から救えはしまいかという考えが浮かびます。
 彼が神の子として死ななければ、その血を受けた聖杯もキリスト教も存在せず、したがって聖杯を守る王(この作品ではアリマタヤのヨセフの末裔が代々世襲でつとめるという設定)がいる必要もないので、はるか未来でアンフォルタスが傷を負うこともなくなる――というわけです。唯一の望みにかけて奔走する彼女ですが、結局は…。
 
 オペラ冒頭でクンドリーが持ってくる「アラビアの秘薬」の出どころについても納得のいく説明になってますし、この部分はうまくファンタジーの要素を取り入れて、台本から一歩踏み出した巧みな構成だと感じました。ある種のタイムトラベルもの?といえなくもないです  
 
 ただ元の楽劇からして娯楽的作品とはいえないうえ、ややフェミ色が強いきらいがあり(まあ本来のクンドリーの設定からしてどうしてもそうならざるを得ないのでしょうが。しかし私はフィクションだとどうも苦手)、決して気軽に読めるタイプの本ではないかもしれません。
 それでも舞台での制約では伝えきれない「パルジファル」という作品の背景をオリジナルの世界観からかけ離れずにわかりやすく掘り下げており、楽劇を観るうえで参考になるのは確かだと思います。

 入手は一般書店では難しいようですが、ブックオフはじめ古本屋さんでは時々見ますしアマゾンでも余裕で買えますよ。

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2012.07.29 22:18|読書感想
 これまで本やCDのたぐいを表紙やジャケット目当てで買ったことのなかった私がついにその禁を破ってしまいました

なぜかって表紙のオルドウィン君(でもハチワレ入りって黒猫か?)がうちの黒白にそっくりなので↓。似てません?

黒猫オルドウィンの冒険 三びきの魔法使い、旅に出る黒猫オルドウィンの冒険 三びきの魔法使い、旅に出る
(2010/11/09)
アダム・ジェイ・エプスタイン、アンドリュー・ジェイコブスン 他

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SH3F02130001.jpg

うちの猫のほうがちょっと白いところ多いですけどね。でも背中側から見るとほぼ真っ黒なので、こっちの続編のイラストのほうが似てるかも。

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   SH3F01400001.jpg


 下手な写真だとはっきりしませんけど実物はもっとそっくりで、顔の形とかしっぽとかまんまなんです――って、もう本の紹介か猫自慢かどっちかわかりませんが 猫バカ。

 お話はオルドウィンたち表紙の二匹と一羽が、ある魔法使いの使い魔として繰り広げる大冒険なんだとか。あらすじだけ見てもなかなか面白そう(実は好きな小説十作挙げるとしたら、動物主人公の話が確実二つは入るくらい動物もの好きです)  まだ手元に届いてませんがいずれ感想も。

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2012.07.21 02:06|読書感想
 一応読書の感想がメインとプロフィールに書いておきながら、まっとうな「読書感想」というのを書くのが実は苦手なのです。まあ最近図書館の書庫から引っぱり出してきたような、絶版になって久しいタイトルばかりを読んでるので、どうも紹介しづらいというのもあるんですが。

 そんな中、六月末に創元推理文庫からH・R・ウェイクフィールドの怪奇小説集が出てくれたのはうれしかったです。
 これまでウェイクフィールドのまとまった作品集というと、国書刊行会の「魔法の本棚」全六巻(以前書いたヨナス・リーの「漁師とドラウグ」なんかと同じシリーズ)中の「赤い館」だけでしたから (というか「魔法の本棚」シリーズ、作者と作品のチョイスがいいだけにもうちょっと手に入れやすければと)。
 
 ですが今度の文庫版では、国書刊行会版にあったウェイクフィールド自身のエッセイ二篇が削られてしまったものの、収録作品数は九篇から倍の十八篇に増えており、値段もハードカバーでない分安いので相当のお得感です。

ゴースト・ハント (創元推理文庫)ゴースト・ハント (創元推理文庫)
(2012/06/28)
H・R・ウェイクフィールド

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 怪奇ものではどちらかといえば分厚い長編にじっくり当たるのが好きな私ですが、ウェイクフィールドのホラー的センスのよさには、やっぱりこのジャンルには短編こそ王道だと思えてきます。
 
 主な題材は幽霊屋敷や忌み地、あるいは死者の怨念・・・などごくごく正統派の内容。きっちりした伏線や道具立ても、徹頭徹尾いかにも怪談!といった感じです。
 私としてはもうちょっと逸脱してもいいというか、読後にもやもや感が残る作風のほうが好みではありますが、似たようなテーマが並んでいても決して金太郎飴にはならず、どれもそれぞれに個性的な作品ばかりで非常に楽しめました。
 
 表題作「ゴースト・ハント」は幽霊屋敷潜入をラジオで実況中継という趣向。個人的にモチーフが興味深かったのは「見上げてごらん」、ある寒村での儀式を覗き見した少年の体験談「最初の一束」(これはちょっとクトゥルフっぽい)、インドにも姑獲女そっくりの妖怪がいるという「チャレルの谷」あたりでしょうか。

 しかし日本人にとって一番強烈なネタは、今回新訳された中の一つ「彼の者、詩人なれば・・・」に登場のゴネサラ氏かも・・・。ほんと後根皿さん(←適当に変換したらこうなった)いろんな意味で気の毒すぎます。

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2011.06.06 01:40|読書感想
 本棚の整理をしていたらずっと前に買った「ドン・カルロ」の原作本(正確にはむかし「新潮オペラCDブック」として出ていた、対訳と解説、原作の戯曲を厚めのブックレットにまとめたものです。永竹由幸氏の解説は歌舞伎との比較があったりで個性炸裂ですけど、多岐にわたっていて読み応えあり。ちなみに付属のCDはアバド指揮のスカラ座ライブで、豪華キャストですが音が悪いのが難。)が奥から出てきたので、今度の鑑賞に備えて読み返してみることにしました。購入時まだ高校生くらいだったのでさすがに荷が重かったのか、戯曲版のほうにはざっと目を通した程度だったので。しかし当時の私には結構高かったはずなのに、どうしてこれを買おうと思ったりしたのか。

 そんな訳で初めてじっくり読みとおしてみましたが、やっぱり今でも手ごわかった~。とにかく台詞の量が膨大なので、普通に日本語で上演するとしたら相当カットしないと収まりがつかなさそうです。そのうえ登場人物の数や張りめぐらされた複線の量から言ってもオペラ版よりずっと複雑で、きっとヴェルディや台本作家はこれを舞台にかけるのにだいぶ骨を折ったんじゃないでしょうか。
 
戯曲は全五幕ですが頻繁に場面が切り替わり、比べてみるとオペラ版はそれを流暢に流れるようかなり切り貼りしているのがよく分かります。たとえば原作で最終場のひとつ前に置かれ、ほぼクライマックスとなっている王と宗教裁判長の対決場面は、オペラだと中盤の王のモノローグとひとつながりの場面となり前倒しにされているという感じです。もっともこの処理に関しては、ヴェルディの音楽の流れも原作に劣らない緊張感を作り出していて、オペラ化に際して成功したアレンジの部類に入っていると思いましたが。
 どういうわけか、私は長らく今回の来日公演にもある最初のフォンテーヌブローの森の場面はこの原作戯曲準拠だとぼんやり思い込んでいたのですが、これは完全なオペラ版オリジナルの箇所でした。たぶん戯曲のほうも森の場込みで演奏した場合のオペラと同じ五幕なので、そこから勘違いしたのかもしれません。でも最初だけ違う国が舞台というのもなんだかすわりが悪いし、四幕版の幕開けの旋律が全体のはじめに来るほうが引き締まって好きなので、個人的にはこれや「ボリス」のポーランドの幕のような付けたし的シーンはなくてもいい派。

他に気になったポイントだけ書き出してみると、

・戯曲には天の声とか幽霊とかいったものは一切存在しません。オペラで最後に墓から現れるカルロ五世というのは、逃げたカルロスが最後に王妃に会いに行くのに、前々から先帝の霊が王宮に出没すると噂されていたのを利用してその姿に扮装するという設定を下敷きにしたようです。確かにオペラのほうが救いのあるラストではありますが、それにしてもずいぶんあさっての方向に突き抜けた脚色をしたもんです。

・史実とはやや年齢設定が異なっており、実在のフェリペ二世(1527~98)は息子のドン・カルロス(1545~68)が亡くなった時まだ四十代になったばかりですが、シラーははっきり登場人物のひとりに「フェリペももう六十」と言わせています。逆に王妃より五歳上のエボリ公女は戯曲を読んだ感じだとそれより幾分若めな感じに描かれていて、片思いから暴走してしまうのも人間的未熟さの故というを受けました。オペラ版だと王が年寄り設定なのは相変わらずですが、エボリのほうはもう少し年がいってるイメージなのですが。主役級のうちでは、このエボリ公女が戯曲とオペラとのキャラクターにもっとも開きがある印象だったのがちょっと意外でした。

 しかし、シラーがもっとも感情移入して描いたはずの登場人物であるポーザ侯爵ロドリーゴなんですが、私としてはこういったタイプのキャラクターがどうも苦手なのです。歴史に残る文豪に対して失礼なのを百も承知で言ってしまうと、歴史物で実在しないオリキャラを登場させて前面に押し出しすぎるのはあんまり好きな手法ではないし、作者が肩入れしすぎてる人物というのもどうにも白けさせられるし。(最近の小説やドラマと同列に語ってしまうのがそもそも間違ってるのかもしれませんけど。)
 結局ポーザがあちこち立ち回ったせいでみな破滅に追い込まれたようなものじゃないかと思う私は、シラーの時代の理想主義とはやっぱり相性が悪いらしく、煮え切らない王子やいささか病んでる王様、どうしようもなく嫉妬むき出しのエボリとかのほうがずっと人間味があるように思えてしまいます。それでもオペラのロドリーゴは戯曲より一歩引いた感じでまだ好感が持てるし、なにより最期の場面でいい歌を聞かせてくれれば、役柄の好き嫌いなんてことはどうでもよくなってしまうんですが。




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筆不精にも関わらずメモ帳代わりとして始めてしまったブログ。
小説や音楽の感想・紹介、時には猫や植物のことも。
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