2018.11.30 23:56|怪奇幻想文学いろいろ|
最近遅まきながらデビューした電子書籍で、ヘンリー・カットナーの「サルドポリスのレイノル王子」シリーズを見つけて購入してみました。シリーズといってもわずか二作だけなのですが、後篇の「暗黒の砦」をヒロイックファンタジー大集合アンソロ「不死鳥の剣」で読んで以来、その前作で邦訳がほぼ入手不可能な"Cursed Be The City"(「呪われた都」)の存在がずっと気になっていたのです。
(先日ツイッターで「未訳」と書いたのは厳密には間違いで、いつも参考にさせて頂くameqlist様のサイトによれば、ミステリマガジンの1971年1月号に「呪われた城市」という題で訳出されているとのこと)
「呪われた都」は時系列的にも「暗黒の砦」のわずか前に起きた出来事を扱っており、主人公レイノルとその従者エブリクが故国である中央アジアの都市国家サルドポリスの滅亡を逃れ、流浪の旅に出たいきさつが語られます。自分の覚え書きを兼ねてのあらすじ紹介ですが、最後まで内容をネタバレしていますので知りたくない方はお気を付けください。いずれどこかで新訳が出ないとも限りませんし。
― "Cursed Be The City"(「呪われた都」) あらすじ―
サルドポリスの都は北方から攻め寄せた大軍の前に陥落しようとしていました。着々と攻城の準備が進められるなか、城壁に一人上ってゆくのは年老いた予言者。都の運命を嘆く老人は「じきお前たちの上にも、森から来たいにしえの破滅が降りかかろう!」という叫びを最後に身を投げ、下で待ち受けていた敵兵たちの槍に貫かれて絶命します。とはいえそんな警告に耳が貸されるわけもなく、やがて侵略軍は城門を破ってなだれ込み、都は至るところで略奪と虐殺が繰り広げられる阿鼻叫喚の場に。
王宮の玉座の間では征服者サイアクサレスの前に、サルドポリスの王チャレムをはじめとする一団の捕虜が引き出されていました。臣従の意を示せば助命するとの言葉をにべもなく撥ねつけたチャレムをサイアクサレスは一刀のもとに斬り倒し、遺骸はハゲワシにくれてやれと命じますが、その時捕虜たちの中から罵声を浴びせた一人の若者に目を留めます。彼こそはチャレムの息子、レイノル王子でした。
その挑発的な言葉に怒ったサイアクサレスはレイノルを拷問室へと連れ去らせ、一人になるとしばし奪った玉座の上で思いを巡らせます。先程から一部始終を見ていた相談役の妖しい美青年、ネコ(※猫ではありません)が現れ勝利を称えても、王は表情を曇らせたまま。そしてネコに向かい、お前と出会ったのが災いの始まりだったと野望と自己嫌悪をない交ぜにした心情を吐露するのでした。
地下で拷問台に拘束されていたレイノルは、際どいところで忠実なヌビア人の従者エブリクに助けられます。エブリクは乱戦の中王子とはぐれたあと、倒したサイアクサレス方の兵士の服を着て宮殿に戻り、レイノルの居所を突きとめると王の伝令と偽って地下牢に現れ、油断した拷問係を一突きに殺したのです。
王宮を抜け出し追跡をかわすうち、この都の主神である太陽神アモンの神殿に入りこんだ二人が目にしたのは、神殿の中央に据えられた巨大な黄金球、そしてその上に無惨にも両手足を釘付けされた老神官の姿でした。助け下ろされ介抱を受けた神官はかろうじて息を吹き返し、王子を認めると自分を球体のところまで運んでほしいと頼みます。老人の指が球の表面を探るとそれは真ん中で二つに割れ、地下への階段が現れました。
下りた先の石造りの隠し部屋で、瀕死の老神官はレイノルに神殿の秘密を明かします。サルドポリスが築かれる以前、この地は恐るべき森の神によって支配されており、まさに今いる場所にその祭壇があったこと。そこに太陽神アモンを奉じる王家の祖先たちが攻め寄せ、森の神を『沈黙の谷』と呼ばれる地に魔術で封じこめたこと。しかしサルドポリスが滅びる時、その封印もまた解かれ、自由となった神はかつての住処に戻ってくると予言がなされたことを。
そして今こそかの予言の時だと、かつての森の神の祭壇を塞ぐ位置に置かれた金属製の円盤を示し、中央にはめ込んである大理石片の護符を、都の彼方にそびえる山脈に住まう『岩山の奪取者』と呼ばれる男のもとに届けるよう依頼します。それこそが侵略者たちに対するアモン神の復讐だと最期の力を振り絞って言い遺し、神官は息絶えたのでした。
隠し部屋の壁に設けられた抜け穴から脱出し、手に入れた馬で『奪取者』の山へとひた走るレイノルとエブリク。一方王宮では、破滅を防ぎたければ都から逃げた二人の男を目的地に着かせてはならないと、ネコがサイアクサレス王に助言していました。
果たしてレイノルたちは後方に迫ってくる大勢の敵に気付きますが、険しい山中を巧みな馬さばきで乗り切って追手を引き離すことに成功し、天辺に城を頂く巨大な一枚岩のふもとに辿り着きます。ほどなく現れた騎馬の一隊に迎えられ、二人は城の主である『奪取者』キアリーの待つ大広間へ。
アモン神の名にもサルドポリス陥落の報にも全く関心を示さなかった配下たちと異なり、自分への伝言と聞いただけでキアリーの様子は一変。レイノルから渡された護符を手に、ついにその時が来た、わが支配も終わりだと呟いた彼は、腹心の部下サマルを残して他の者たちを下がらせ、さらに娘のデルフィアを呼んでこいと命じます。
デルフィアと呼ばれる若い女性が現れると、キアリーは改まった態度で自分たち一族とサルドポリスとの関係を語り始めます。
遥か昔、北の地から二人兄弟の王がやって来てこの地を征服し、それ以前に崇拝されていた森の神―パン―を打ち負かしました。兄王はサルドポリスを建国して王家の祖に、弟王はパンを幽閉した『沈黙の谷』を見下ろす岩の上に城を築いて封印の監視役に。そして兄弟は誓約を交わし、いつかサルドポリスが滅ぼされる日が来ればすみやかにパンを解き放ち、簒奪者のもとへ差し向けるよう取り決めたのだと。
話を結びかけたキアリーの前に部下の一人が血相を変えて駆け込んでくると、ふもとの谷が敵軍であふれかえっていると報告します。自分も一緒に戦うというデルフィアを父キアリーは退け、レイノルとエブリクを『沈黙の谷』へと案内するのはお前の役目だと諭すと護符をレイノルに返し、どう使えばよいかはいずれ分かると言い残して立ち去りました。恐れの色をありありと浮かべながらも、城内に設けられた隠し扉から谷底へ続く道へと二人を導くデルフィア。
深い森に覆われた谷間はその名通り異様な静寂に包まれ、鳥や獣の気配どころか木の葉のさやぎさえも聞こえてきません。しかし歩みを進めるうち、レイノルの知覚はこの土地を満たしている人には聞き取れない音域の囁き、そして意識の奥底にひそむ、太古の地球の記憶と共鳴しあう生命の力をひしひしと感じ取るのでした。
やがて神殿の廃墟とおぼしき場所に出ると、デルフィアは倒れた石柱に囲まれた一点を指し示します。そこには都のアモン神殿にあったのと瓜二つの金属の円盤が据えられており、その中心の凹みにもやはり大理石片がはめ込まれていました。レイノルが携えてきた護符の片割れをもう一方にあてがうと、二個のかけらはまるで磁力に引き合わされたようにくっ付き、一つに融合したのです!
その瞬間森の囁きは堰を切ったような歓喜の叫びへと一変し、さらにそれを凌駕するつんざくような笛の音が響き渡ります。パンを見ることは死を意味します、すぐに立ち去らなければというデルフィアの声に促され、レイノルは無我夢中で完全な形に戻った護符を掴みとると、ざわめきを増してゆく森を仲間たちと駆け戻ります。
城はすでにサイアクサレス王の兵士とキアリー一党の死闘の場となっていました。息つく暇もなく武器を抜き加勢する三人ですが、多勢に無勢、サマルをはじめとする部下たちは次々と斃れてゆき、最後まで奮戦したキアリーもついに壮絶な討死を遂げます。
残ったレイノル、エブリク、デルフィアの三人を円陣に取り囲み、じわじわと追い詰める兵士たち。ですが絶体絶命と思われたその時、レイノルの記憶に新しい囁き声とかすかな笛の調べが彼方から聞こえてくると、たちまち城全体にこだます大音響に膨れあがったのです。うろたえる敵兵たちを横に、レイノルは直感的に持ってきた太陽神の護符に触れ、他の二人に側を離れないよう命じてそれを高く掲げました。
たちまち霧のとばりが三人を取り囲んで護るかのように降りてきます。その霧の向こうに見え隠れしているのは、文字通りパニックに陥って右往左往する敵兵たち、そして歓喜の笛の音に合わせ狂ったように踊りながら駆けてゆく、角とひづめを備え毛皮をまとった者たちの影でした...
土台から揺れ動く城が崩壊するのはもはや時間の問題と悟ったレイノルが意を決して護符を掲げたまま足を踏みだすと、霧の障壁は歩みにつれて動いてくれます。もはやためらわず、あらん限りの速さで岩山を駆け降りた一行が見上げる前で、頂上の城は跡形もなく崩れ去ってゆきました。
幸いにも崩落より先に脱走していて無事だった馬たちを拾い、三人はサルドポリスの方角を目指します。しかし翌朝、都を一望できる場所に差しかかった彼らの前にもはや栄華を誇った都は存在せず、粉塵が舞う上におぼろな影のような姿のうごめく廃墟が横たわっているのみでした。パンの神はついに帰還し、かつて支配した土地を取り戻したのです。
西方の『影の海』という街をさして旅立つことで合意し、めいめいの馬を駆って去る一行の背後から、全身ずたずたの無惨な姿となった男が助けを求めます。しかしその声は届かず、かつて王だったその男、サイアクサレスは苦痛に呻きつつレイノル達のあとを這い進んでいくしかありませんでした。傍らにはあいかわらず優雅で物憂げな様子のネコが薄笑いを浮かべて励ましの声を掛け、頭上では傷口から滴る鮮血に呼び寄せられたハゲワシが羽ばたくのを耳にしながら...
カットナーといえばハイドラやニョグタなどの神格が登場するクトゥルフ作品で有名ですが、旧い荒ぶる神の封印と解放にまつわるこの話も若干そうした要素を含んでおり、全貌が明かされないパンの神とその眷属たちの描写などは神話的恐怖とでも呼びたくなる不安感をかき立てます。ハワードのコナン等と同じく、ヒロイックファンタジーとクトゥルフ神話とは地続きの関係にあることをよく示す一作といえるでしょう。パンの名前が出た時点で大まかな展開の予想はついてしまうとはいえ、そこから加速する緊迫感と歯切れ良い筆致に乗せられて最後まで一気に読みきってしまいました(少なくともこの作品に関していえば、カットナーの文体はかなり読みやすい方だと思います)。
繰り返しますが、「ネコ」は古代エジプトのファラオにもいたNechoと綴る人名で、断じて猫ではないです(笑) かといって人間とも思えませんが... 上で書き忘れましたが、叡智と権力を追い求めるサイアクサレスがネコを呼び出し、ある取引を交わしたのが両者の出会いであるようです。つまりファウストとメフィストフェレスの関係といえばこれ以上説明するまでもないかと。
あと上手い訳語が浮かばなかった「奪取者」(原語ではReaver)という呼び名はほぼそのままの意味でして、キアリーとその一党は近隣にある城などを襲い、財宝を分捕ってくるのを生業にしていた様子。封印を見張るだけでは暇を持て余しそうとはいえ、王家の末裔がそんな山賊まがいの事をやっていていいのか心配になりますが、周辺住民のヘイトを集めすぎて使命を果たす前に討伐されたりしては元も子もないので、もしかすると義賊的な面もあったのでしょうか?もちろんデルフィアもその一員として父親に負けない働きぶりを見せていたらしく、続く「暗黒の砦」では攫われヒロインポジになってしまい戦闘能力を発揮する機会のなかった彼女ですが、この作品を読んでだいぶ印象が変わりました。
レイノルは有名ヒロイックファンタジーの主人公たちのような強烈な個性には欠けるものの、そのぶん比較的等身大の青年として親近感がわきやすくもあり、一方で王子らしい自負と風格もあって個人的にはかなり好きなキャラクターです。エブリクとのコンビも主従というよりは気心の知れた相棒同士に近い印象で、二作にとどまらずもっと彼らの冒険が続くのを読みたかったと思わずにはいられません。「暗黒の砦」での出来事のあと、三人は目指す「影の海」に首尾よくたどり着けたのでしょうか。
↓ネットで拾った、古代の中央アジアというよりは中世ヨーロッパ風なレイノルと名場面いくつか。後ろの城はサルドポリス?

(先日ツイッターで「未訳」と書いたのは厳密には間違いで、いつも参考にさせて頂くameqlist様のサイトによれば、ミステリマガジンの1971年1月号に「呪われた城市」という題で訳出されているとのこと)
「呪われた都」は時系列的にも「暗黒の砦」のわずか前に起きた出来事を扱っており、主人公レイノルとその従者エブリクが故国である中央アジアの都市国家サルドポリスの滅亡を逃れ、流浪の旅に出たいきさつが語られます。自分の覚え書きを兼ねてのあらすじ紹介ですが、最後まで内容をネタバレしていますので知りたくない方はお気を付けください。いずれどこかで新訳が出ないとも限りませんし。
― "Cursed Be The City"(「呪われた都」) あらすじ―
サルドポリスの都は北方から攻め寄せた大軍の前に陥落しようとしていました。着々と攻城の準備が進められるなか、城壁に一人上ってゆくのは年老いた予言者。都の運命を嘆く老人は「じきお前たちの上にも、森から来たいにしえの破滅が降りかかろう!」という叫びを最後に身を投げ、下で待ち受けていた敵兵たちの槍に貫かれて絶命します。とはいえそんな警告に耳が貸されるわけもなく、やがて侵略軍は城門を破ってなだれ込み、都は至るところで略奪と虐殺が繰り広げられる阿鼻叫喚の場に。
王宮の玉座の間では征服者サイアクサレスの前に、サルドポリスの王チャレムをはじめとする一団の捕虜が引き出されていました。臣従の意を示せば助命するとの言葉をにべもなく撥ねつけたチャレムをサイアクサレスは一刀のもとに斬り倒し、遺骸はハゲワシにくれてやれと命じますが、その時捕虜たちの中から罵声を浴びせた一人の若者に目を留めます。彼こそはチャレムの息子、レイノル王子でした。
その挑発的な言葉に怒ったサイアクサレスはレイノルを拷問室へと連れ去らせ、一人になるとしばし奪った玉座の上で思いを巡らせます。先程から一部始終を見ていた相談役の妖しい美青年、ネコ(※猫ではありません)が現れ勝利を称えても、王は表情を曇らせたまま。そしてネコに向かい、お前と出会ったのが災いの始まりだったと野望と自己嫌悪をない交ぜにした心情を吐露するのでした。
地下で拷問台に拘束されていたレイノルは、際どいところで忠実なヌビア人の従者エブリクに助けられます。エブリクは乱戦の中王子とはぐれたあと、倒したサイアクサレス方の兵士の服を着て宮殿に戻り、レイノルの居所を突きとめると王の伝令と偽って地下牢に現れ、油断した拷問係を一突きに殺したのです。
王宮を抜け出し追跡をかわすうち、この都の主神である太陽神アモンの神殿に入りこんだ二人が目にしたのは、神殿の中央に据えられた巨大な黄金球、そしてその上に無惨にも両手足を釘付けされた老神官の姿でした。助け下ろされ介抱を受けた神官はかろうじて息を吹き返し、王子を認めると自分を球体のところまで運んでほしいと頼みます。老人の指が球の表面を探るとそれは真ん中で二つに割れ、地下への階段が現れました。
下りた先の石造りの隠し部屋で、瀕死の老神官はレイノルに神殿の秘密を明かします。サルドポリスが築かれる以前、この地は恐るべき森の神によって支配されており、まさに今いる場所にその祭壇があったこと。そこに太陽神アモンを奉じる王家の祖先たちが攻め寄せ、森の神を『沈黙の谷』と呼ばれる地に魔術で封じこめたこと。しかしサルドポリスが滅びる時、その封印もまた解かれ、自由となった神はかつての住処に戻ってくると予言がなされたことを。
そして今こそかの予言の時だと、かつての森の神の祭壇を塞ぐ位置に置かれた金属製の円盤を示し、中央にはめ込んである大理石片の護符を、都の彼方にそびえる山脈に住まう『岩山の奪取者』と呼ばれる男のもとに届けるよう依頼します。それこそが侵略者たちに対するアモン神の復讐だと最期の力を振り絞って言い遺し、神官は息絶えたのでした。
隠し部屋の壁に設けられた抜け穴から脱出し、手に入れた馬で『奪取者』の山へとひた走るレイノルとエブリク。一方王宮では、破滅を防ぎたければ都から逃げた二人の男を目的地に着かせてはならないと、ネコがサイアクサレス王に助言していました。
果たしてレイノルたちは後方に迫ってくる大勢の敵に気付きますが、険しい山中を巧みな馬さばきで乗り切って追手を引き離すことに成功し、天辺に城を頂く巨大な一枚岩のふもとに辿り着きます。ほどなく現れた騎馬の一隊に迎えられ、二人は城の主である『奪取者』キアリーの待つ大広間へ。
アモン神の名にもサルドポリス陥落の報にも全く関心を示さなかった配下たちと異なり、自分への伝言と聞いただけでキアリーの様子は一変。レイノルから渡された護符を手に、ついにその時が来た、わが支配も終わりだと呟いた彼は、腹心の部下サマルを残して他の者たちを下がらせ、さらに娘のデルフィアを呼んでこいと命じます。
デルフィアと呼ばれる若い女性が現れると、キアリーは改まった態度で自分たち一族とサルドポリスとの関係を語り始めます。
遥か昔、北の地から二人兄弟の王がやって来てこの地を征服し、それ以前に崇拝されていた森の神―パン―を打ち負かしました。兄王はサルドポリスを建国して王家の祖に、弟王はパンを幽閉した『沈黙の谷』を見下ろす岩の上に城を築いて封印の監視役に。そして兄弟は誓約を交わし、いつかサルドポリスが滅ぼされる日が来ればすみやかにパンを解き放ち、簒奪者のもとへ差し向けるよう取り決めたのだと。
話を結びかけたキアリーの前に部下の一人が血相を変えて駆け込んでくると、ふもとの谷が敵軍であふれかえっていると報告します。自分も一緒に戦うというデルフィアを父キアリーは退け、レイノルとエブリクを『沈黙の谷』へと案内するのはお前の役目だと諭すと護符をレイノルに返し、どう使えばよいかはいずれ分かると言い残して立ち去りました。恐れの色をありありと浮かべながらも、城内に設けられた隠し扉から谷底へ続く道へと二人を導くデルフィア。
深い森に覆われた谷間はその名通り異様な静寂に包まれ、鳥や獣の気配どころか木の葉のさやぎさえも聞こえてきません。しかし歩みを進めるうち、レイノルの知覚はこの土地を満たしている人には聞き取れない音域の囁き、そして意識の奥底にひそむ、太古の地球の記憶と共鳴しあう生命の力をひしひしと感じ取るのでした。
やがて神殿の廃墟とおぼしき場所に出ると、デルフィアは倒れた石柱に囲まれた一点を指し示します。そこには都のアモン神殿にあったのと瓜二つの金属の円盤が据えられており、その中心の凹みにもやはり大理石片がはめ込まれていました。レイノルが携えてきた護符の片割れをもう一方にあてがうと、二個のかけらはまるで磁力に引き合わされたようにくっ付き、一つに融合したのです!
その瞬間森の囁きは堰を切ったような歓喜の叫びへと一変し、さらにそれを凌駕するつんざくような笛の音が響き渡ります。パンを見ることは死を意味します、すぐに立ち去らなければというデルフィアの声に促され、レイノルは無我夢中で完全な形に戻った護符を掴みとると、ざわめきを増してゆく森を仲間たちと駆け戻ります。
城はすでにサイアクサレス王の兵士とキアリー一党の死闘の場となっていました。息つく暇もなく武器を抜き加勢する三人ですが、多勢に無勢、サマルをはじめとする部下たちは次々と斃れてゆき、最後まで奮戦したキアリーもついに壮絶な討死を遂げます。
残ったレイノル、エブリク、デルフィアの三人を円陣に取り囲み、じわじわと追い詰める兵士たち。ですが絶体絶命と思われたその時、レイノルの記憶に新しい囁き声とかすかな笛の調べが彼方から聞こえてくると、たちまち城全体にこだます大音響に膨れあがったのです。うろたえる敵兵たちを横に、レイノルは直感的に持ってきた太陽神の護符に触れ、他の二人に側を離れないよう命じてそれを高く掲げました。
たちまち霧のとばりが三人を取り囲んで護るかのように降りてきます。その霧の向こうに見え隠れしているのは、文字通りパニックに陥って右往左往する敵兵たち、そして歓喜の笛の音に合わせ狂ったように踊りながら駆けてゆく、角とひづめを備え毛皮をまとった者たちの影でした...
土台から揺れ動く城が崩壊するのはもはや時間の問題と悟ったレイノルが意を決して護符を掲げたまま足を踏みだすと、霧の障壁は歩みにつれて動いてくれます。もはやためらわず、あらん限りの速さで岩山を駆け降りた一行が見上げる前で、頂上の城は跡形もなく崩れ去ってゆきました。
幸いにも崩落より先に脱走していて無事だった馬たちを拾い、三人はサルドポリスの方角を目指します。しかし翌朝、都を一望できる場所に差しかかった彼らの前にもはや栄華を誇った都は存在せず、粉塵が舞う上におぼろな影のような姿のうごめく廃墟が横たわっているのみでした。パンの神はついに帰還し、かつて支配した土地を取り戻したのです。
西方の『影の海』という街をさして旅立つことで合意し、めいめいの馬を駆って去る一行の背後から、全身ずたずたの無惨な姿となった男が助けを求めます。しかしその声は届かず、かつて王だったその男、サイアクサレスは苦痛に呻きつつレイノル達のあとを這い進んでいくしかありませんでした。傍らにはあいかわらず優雅で物憂げな様子のネコが薄笑いを浮かべて励ましの声を掛け、頭上では傷口から滴る鮮血に呼び寄せられたハゲワシが羽ばたくのを耳にしながら...
カットナーといえばハイドラやニョグタなどの神格が登場するクトゥルフ作品で有名ですが、旧い荒ぶる神の封印と解放にまつわるこの話も若干そうした要素を含んでおり、全貌が明かされないパンの神とその眷属たちの描写などは神話的恐怖とでも呼びたくなる不安感をかき立てます。ハワードのコナン等と同じく、ヒロイックファンタジーとクトゥルフ神話とは地続きの関係にあることをよく示す一作といえるでしょう。パンの名前が出た時点で大まかな展開の予想はついてしまうとはいえ、そこから加速する緊迫感と歯切れ良い筆致に乗せられて最後まで一気に読みきってしまいました(少なくともこの作品に関していえば、カットナーの文体はかなり読みやすい方だと思います)。
繰り返しますが、「ネコ」は古代エジプトのファラオにもいたNechoと綴る人名で、断じて猫ではないです(笑) かといって人間とも思えませんが... 上で書き忘れましたが、叡智と権力を追い求めるサイアクサレスがネコを呼び出し、ある取引を交わしたのが両者の出会いであるようです。つまりファウストとメフィストフェレスの関係といえばこれ以上説明するまでもないかと。
あと上手い訳語が浮かばなかった「奪取者」(原語ではReaver)という呼び名はほぼそのままの意味でして、キアリーとその一党は近隣にある城などを襲い、財宝を分捕ってくるのを生業にしていた様子。封印を見張るだけでは暇を持て余しそうとはいえ、王家の末裔がそんな山賊まがいの事をやっていていいのか心配になりますが、周辺住民のヘイトを集めすぎて使命を果たす前に討伐されたりしては元も子もないので、もしかすると義賊的な面もあったのでしょうか?もちろんデルフィアもその一員として父親に負けない働きぶりを見せていたらしく、続く「暗黒の砦」では攫われヒロインポジになってしまい戦闘能力を発揮する機会のなかった彼女ですが、この作品を読んでだいぶ印象が変わりました。
レイノルは有名ヒロイックファンタジーの主人公たちのような強烈な個性には欠けるものの、そのぶん比較的等身大の青年として親近感がわきやすくもあり、一方で王子らしい自負と風格もあって個人的にはかなり好きなキャラクターです。エブリクとのコンビも主従というよりは気心の知れた相棒同士に近い印象で、二作にとどまらずもっと彼らの冒険が続くのを読みたかったと思わずにはいられません。「暗黒の砦」での出来事のあと、三人は目指す「影の海」に首尾よくたどり着けたのでしょうか。
↓ネットで拾った、古代の中央アジアというよりは中世ヨーロッパ風なレイノルと名場面いくつか。後ろの城はサルドポリス?
