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2012.03.29 23:49|音楽鑑賞(主にオペラ)
(3/29追記:期間になりましたが、モネ劇場HPによるとテクニカルトラブルで配信の開始が遅れているようです。) やっと始まりました。キャストはやはりフィッシャー/パパタナシュの組み合わせ。リンクはこちら↓
http://www.lamonnaie.be/en/mymm/related/event/149/media/1320/Rusalka%20-%20Antonín%20Dvořák/

 こんなタイトルの本をどこかで見たなーと思うのですが、まさか本当にクトゥルー(?)がオペラのステージに降臨してしまうとは。

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この写真、最近大人気のシュテファン・ヘアハイムが演出したルサルカの一シーンです。ちょっと前に海外の某有名オペラブログで紹介されていて知ったのですが、なんかもうまんま過ぎて笑ってしまいました。
 連れのディープワンもどきも、このあいだの新国立劇場で出てきたのよりまた一段とグロテスク。演出チーム、本当にラヴクラフト読んでたりして。

 ドレスデンのゼンパーオーパーとブリュッセルのモネ劇場との共同制作で、この写真はおととしのドレスデンの公演のものですがブリュッセルではちょうど今上演中です。
 
 モネ劇場のサイトによると、三月の二十七日から三週間ネット上で無料ストリーミングがあるとのことですが、これは映像つき配信のようなので日本からでもどんな舞台か確かめられそう。上演の日程が立て込んでいるため指揮、歌手陣ともダブルキャストなのですが、もしAキャストでの収録なら、その頃ちょうどタンホイザーを振りにきているはずのアダム・フィッシャーの指揮、新国のフィガロで伯爵夫人だったミルト・パパタナシュがルサルカ役ですね。
http://www.lamonnaie.be/en/opera/149/ (配信情報はPractical infoという欄です)
 
短いけれどゼンパーオーパーのときのトレーラーも。こちらは「オランダ人」で来日中のネトピルの指揮。それにしてもどこがどのシーンなのかほとんど判別不能なカオスさです。
http://www.youtube.com/watch?v=mRmixZxlRAQ

変なオペラファンですみません。

テーマ:クラシック
ジャンル:音楽

2012.03.26 23:16|怪奇幻想文学いろいろ
 あらすじ紹介最後の回がだいぶ長くなってしまったので、書ききれなかった分をこちらにまとめさせていただきます。
 
 オンライン形式のテキスト頼りのうえに舞台となった十七世紀の歴史的背景に対する知識なども不足しており、とても完璧に読みこなせたとはいいがたいのですが、特にラストシーンはじんわり来るものがあり、何とか完走できて良かったです。おそらく日本で全訳が出る可能性は99パーセントなさそうなので、こんな大雑把なあらすじでも興味をもたれた方の参考になればと思います。

 初回で「一部を除いて日本では翻訳されていない」と書きましたが、その部分とは原作第三十九章のクランツの身の上話のところです。「人狼」のタイトルで創元の「怪奇小説傑作集2」や、宮部みゆきさん編集の「贈る物語 Terror」など有名どころのアンソロジーに収録されていたり、昔は「ハルツ山の人おおかみ」というジュブナイル向けの訳も出ていたそうなので、どこかで読んだ事があるという人も多いのではないでしょうか。実は私も創元の短編集の解説でこの小説の存在をはじめて知ったクチです。

 飛びぬけて優れているからここだけアンソロに取り上げられているというわけでもないでしょうが、ついには家族全員を死なせることになるクランツ父のドロドロした業の深さは、確かに下手な怪談より強烈なものがあります。もっともこの回想や、すぐ次の章丸々かけて念入りに描写されるアウト・ダ・フェのように、人間の中に潜む狂気や闇の恐ろしさをラストの直前で目立たせすぎちゃったというのが、超自然的存在を描く怪奇小説としてのこの作品のまずいところなのは否定できませんが。
 
 しかし、こうして親や先祖の受けた呪いが子に引き継がれるというモチーフは、フィリップとアミーネにも共通する作中最大の主題であって(アミーネの場合は母方から伝わった魔術の力なので、「呪い」とはちょっと違うかもしれませんが)、結局は三人ともそのために命を落としてしまうわけです。
 うり二つの容姿、そしてシュリフテンを海に突き落とすという共通の行為に象徴されるように、ある意味たがいの分身的な存在のヴァンダーデッケン親子。呪われた父親とその船に一生を翻弄され、ついには愛するものすべてを失ってしまうフィリップも、いわばもう一人の「さまよえるオランダ人」なのかもしれません。
 ほんとにフィリップの運命の過酷さに比べたら、まだ「フライング・ダッチマン」でひたすら海をさまよっていた方がましかなと思えてしまうんですが・・・。呪いが解かれるまでの期間もせいぜい五十年くらいだし、最後は息子と再会できたこの小説のオランダ人は(ほかのバージョンと比べたら)幸せなほうですよ。

 ところで最大のキーパーソン、シュリフテンの仕事"pilot"を「水先案内人」と訳したのですが、オペラの方のさまよえるオランダ人(「舵手」という役が出てくる)を見ていたら、こっちも船の操舵手とすべきじゃなかったかと気になりだしてしまいました。実際に「舵を握っている」描写は、私の読み落としでなければユトレヒト号が難破した後のいかだの上で以外ないのでなんともいえませんが、外洋に出るこの時代の帆船ならやっぱり舵を取る役目の乗組員と解釈するほうが普通でしょうか。

 ほかにも文中に出てくる日本についての記述などいくつか興味深い点がありますので、また気が向いたときにでも記事にしてみようと思います。

テーマ:本の紹介
ジャンル:学問・文化・芸術

2012.03.24 21:31|音楽鑑賞(主にオペラ)
 オペラと海洋ホラー両方が好きな人間としては絶対はずせない演目「さまよえるオランダ人」。それでも実際の舞台を鑑賞するのは新国の前回上演の時以来で、なんだかすごく久しぶりな気がしました。

 絵本チックというかとにかく無難で、評判も今ひとつと思われるこの演出ですが、私はそれほど嫌いじゃありません。幽霊船の見せ方は斬新とはいえなくても不気味だし、ダーラントの家の部屋を船の甲板に見立てて、ゼンタとオランダ人の二重唱で奥に現れる幽霊船と対比させるのも効果的です。
 
 そして、おそらく最大の特徴はヒロインのゼンタをオランダ人をひたすらアイドル視する、狂気というよりは純粋で無邪気な少女に設定していること。ラストでは彼女がその憧れのヒーローに共感するあまり、彼にとってかわり船と共に沈むというのはそれなりに筋が通っていていい描き方だと思います。
 
 ただ、それは初演のときのゼンタ役だったアニヤ・カンペが声も姿も少女らしく、糸車に手をかけて舵を取るオランダ人のポーズをして見せたりするちょっとしたしぐさにも彼女の一体化願望があらわれているようで説得力あったのが大きかったのですが、今回はすごく大柄で役作りも見えてこないジェニファー・ウィルソンに代わってしまったのでだいぶマイナスでした。
 体型は仕方ないにしても今回のゼンタ、どの役と絡むときもほとんど同じような表情で棒立ちだし、歌もよく通る声質は悪くないけれど一本調子。せめてもうちょっと細かい動きをしてくれないと。

 トミスラフ・ムツェクはきれいな声で優しそうなエリックでしたが、なぜか存在感が今ひとつ。ダーラントのディオゲネス・ランデスもやっぱり優しそうなお父さん。最初悪くないと思ったのにだんだんへなへな声になってしまったのはやはり不調なのでしょうか。メンバーの一員らしいミュンヘンでも公演を相次いでキャンセルしていたし、無理して日本に来たのでなければいいんですが。

 というわけで外人勢では題名役エフゲニー・ニキーチンの一人勝ちだったかと。最近ニキーティンの歌うワーグナーをアンフォルタス(音だけ)、テルラムント、そしてオランダ人と続けて聞きましたが、私としては今回のオランダ人が一番合っていたと思います。
 実はニキーチンのオランダ人は今回が初めてではなく、十年以上前のマリインスキー・オペラの来日公演でこの作品が上演されたとき、ちょうど私が聴きにいった日に題名役を歌ったのがこの人でした(ニコライ・プチーリンとのダブルキャスト)。
 学生券で、ほんとうに東京文化会館の一番てっぺんの隅っこからオペラグラスもなしに見たんですが、遠目には細身で全身黒尽くめの舞台姿が本当にかっこよく、私のイメージしていたオランダ人そのものでした。ただ歌のほうは、やっぱり新人なんだろうな~という感じであまり印象には残っていません。しかし今回は(あたりまえかもしれませんが)やはり風格も迫力も段違いでした。夏にはこの役でバイロイトですし、あの時オランダ人を聴けたのはけっこう貴重な体験だったかもしれません。

 ネトピルの指揮は序曲が終わったあたりでは結構期待したものの、オランダ人とダーラントの重唱などぜんぜん役柄のコントラストがオケから伝わってこず失速状態に。直後に休憩が入ったのが良かったのか悪かったのか、以降はところどころ持ち直すのですが、なんだかとりとめのない音楽作りでした。
 
 結局一番感心したのは、揃っていても無機質すぎず、ちゃんと一人一人違った個人の集まりと感じられたコーラスだったかも。ただ幽霊船の水夫たちの合唱はお化け屋敷じゃないんだし、ちょっと音響効果利かせすぎで興醒めでしたが。 

 このオペラとほぼ同時代に「さまよえるオランダ人」伝説をもとに書かれた小説、「幽霊船」のあらすじを当ブログで紹介しています。双方比較してみるとなかなか面白いので、興味をもたれた方はぜひご一読を。

小説版"さまよえるオランダ人" (マリヤットの「幽霊船」)あらすじ紹介①
(以降最後まで順繰りにリンクしてあります)

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ジャンル:音楽

タグ:オペラ感想

2012.03.22 20:16|怪奇幻想文学いろいろ
 すっかり新婚旅行モードで二人揃っての船旅を満喫していたフィリップとアミーネですが、突然の椿事がその幸福感に水をさします。喜望峰近くの航路上で水夫を一人だけ乗せたボートが漂っているのが発見され、しかも死んだかに見えたその男― シュリフテン― はユトレヒト号に引き上げられると間もなく息を吹き返し、見るまに立って歩けるまでに回復したのでした。
 
 嫌悪感を隠しきれないフィリップに対し、あの男は確かに魔性のものだが、それゆえこちらの味方につければフィリップの目的を果たす手助けにもなりうるというアミーネ。しかし接近を試みた彼女に、シュリフテンは夫に安らかな余生を送らせたければ今すぐこっそりと聖遺物の十字架を奪ってしまうことだと言い、その上このまま旅を続ければ、アミーネには無残な死が待っていると忠告します。結局、アミーネは迷いつつも夫にすべてを打ち明けたものの、この予言は二人の上に暗い影を落としました。

 やがて東南アジア付近の海に入ったユトレヒト号に台風が接近。ほとんど何も見えない風雨の中、船員たちが気づくと至近距離に一隻の船が。いくら呼びかけても進路を変えず、側面にまっすぐ突っ込んでくる!という瞬間、一同は信じられない光景を目にしました。船は衝撃ひとつ与えず、ユトレヒト号の船体をそのまま突き抜けてゆくのです。そしてその実体のない船、つまりフライング・ダッチマン号の船尾にたたずんでいたのは、フィリップと瓜二つの船長、父親のヴァンダーデッケンに他なりませんでした。

 運命からは逃れられないというべきか、一度は天候が回復し順調な航海が続いたものの、船はニューギニアの北端あたりで座礁。乗組員たちはボートと、それに収容しきれない物資と人員を乗せるいかだで脱出せざるをえなくなりました。しかし積んであった大量の金貨を、そのまま船に放置するわけにもいかないと持ち出しを許可し、部下たちに配分したのが悲劇の始まりだったのです。
 
 海賊の襲撃にあい、ボートにいた乗員たちは自分達の命と金貨だけでも守ろうと、引いていたいかだを見捨てて逃げ出します。しかし逆に追跡され、全員が海賊の餌食に。いかだは命拾いしたものの、岸に着く手段を失って飲み水も尽きはじめ、残った部下たちの様子もきな臭くなってきました。
 ついにある夜、いずれは東インド会社の所有である金を返せと要求するに違いないフィリップやクランツへの敵意が爆発。前の難破での苦い経験から、フィリップがいかだを前後に分割できる仕様にさせたのが裏目に出、反乱を起こした者たちはアミーネが一人でいたいかだの後部を切り離します。いかだはアミーネを乗せたまま、たちまち彼方へと押し流されていってしまいました。

 翌晩、隙をついて敵対者たちを皆殺しにしたフィリップ。自暴自棄の彼は、さらに自分の十字架を盗もうとするそぶりを見せたシュリフテンまでも海に放り込んでしまうのでした。
 すっかり数を減らした一行はようやくある無人島に流れ着きますが、そこで生き残った者たちもたがいの取り分をめぐって争いけっきょくは全滅。残されたフィリップとクランツはいかだを作り直し、水と食糧がわりのココヤシと当座必要な金だけを積み込んで島を離れます。

 一方アミーネも別の島に漂着し、そこの原住民に助けられた後、当時この地域にも勢力を拡大していたポルトガルの商館に保護されていました。そしてそこで、再びアジアを訪れていたあのマティアス神父とばったり出会います。
 実はこの再会はかなり気まずいものでした。フィリップが三度目の航海に出た後、アラビアの魔術と宗教を捨てていないアミーネと、彼女に熱心にカトリックの教えを説こうとする神父との関係は急激に悪化し、ついに神父は村を去って祖国に戻ったといういきさつがあったのです。それでもフィリップから受けた恩義を忘れない神父は、事情を聞くと当座の目的地であるインドのゴアまで彼女に同行し、力になろうと申し出てくれました。

 そしてアミーネを捜しつつ、いろいろな苦難や冒険に巻き込まれていた(例によって生きてたシュリフテンも再登場ですが、この辺きりがないのですっぱり省略)フィリップたちも、巡り合わせでそのポルトガル商館にたどり着き、彼女がマティアス神父に伴われてゴア行きの船に乗ったという情報を手に入れ、後を追って一路ゴアに。
 
 その船上でクランツは自身の生い立ちを話し出します。
 元々トランシルヴァニアの農奴だった父親は、妻と領主の密通現場を目にして激昂のあまり二人を殺害、子供達を連れハルツ山麓へ逃げこんだのでした。ある日父は山中で自分と似た身の上の親娘に出会い、娘を後妻に迎えましたが、実は女の正体はハルツ山の精の娘である人狼。
 やがて本性を現して兄と妹を食い殺した妻に父親は復讐を果たしたものの、山の精の呪いによって自らも狂死をとげます。一人残された自分にもその呪いは及んでおり、じき家族と同じ運命をたどるのだろう...と語り終えた彼の顔は不安で曇っていました。
 その虫の知らせは幾日も経たないうちに現実のものとなり、水の補給に立ち寄ったマラッカ海峡の岸でクランツは虎の餌食となってしまいます。

 親友を失った悲しみをこらえながらもフィリップはゴアにたどり着きます。しかし、彼を待ち受けていたのは街中あげての※アウト・ダ・フェと、そこに異端者として引き出されたアミーネの姿でした。マティアス神父に住居を世話してもらい暮らしていたアミーネでしたが、フィリップの居所を探ろうと魔術を試みたところを隣人に密告され、魔女の告発を受けたのです。
 判決が言い渡されようとする瞬間アミーネの眼前に飛び出すフィリップ。とはいえ宗教裁判所の手から救い出せるはずもなく、最後まで改宗を拒み通した彼女は生きたまま火刑に処されてしまいました。

※アウト・ダ・フェ/アウト・デ・フェ(ここでは原語の表記にならいました)というのはオペラファンには「ドン・カルロ」でおなじみですが、要は宗教裁判で異端とされた人々に変な格好をさせて街中お祭り騒ぎのように引き回し、最も罪の重い者たちをおしまいに処刑するという儀式で、この時代ポルトガル領だったゴアでも総督立ち会いのもと行われていました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A7 
 
 ショックですっかり心身の健康を損なったフィリップは、そのままゴアの精神病院に収容され廃人のような日々を送ります。
 アミーネの死の遠因を作った自責から、その病状を見守り続けていたマティアス神父もついに亡くなり、それからまた長い年月の後、かろうじて一人旅ができるまでに回復したフィリップはあてもなくヨーロッパ行きの船へ乗り込みました。父の船とめぐり合い一刻も早く自分たち親子をこの世の生から解き放つことが、いまや彼の唯一の望みとなっていたのです。船で昔と変わらない様子のシュリフテンと再会しますが、もうそれほど驚くこともありませんでした。

 その願いが届いたのでしょうか。大海原の真っ只中、彼らの船からほどない海面に、水中から浮かび上がってくる「フライング・ダッチマン」号。船の者たちが呆然とする中、幽霊船のボートが近づいてくる気配がして一人の男が甲板に上がってくると、シュリフテンに気づき、お前はとっくに死んだはずだと口にします。
 幽霊船の船員は携えてきた幾通かの手紙を示し、これを故郷の身内に届けてほしいと頼みますが、フィリップが見ると、その宛先は今はもうない住所や人ばかり。彼が最後の船長から息子へという一通を受け取ろうとすると、シュリフテンがそれを引ったくって他の手紙とともに海へ投げ捨てました。
 
 パニック状態の船長と船員達は、「フライング・ダッチマン」と因縁ありげなフィリップとシュリフテンをともに厄介払いすべきという結論に達し、二人をボートに下ろし去ってしまいます。それに動じることもなく、一心に幽霊船目指して霧の中を漕ぐフィリップ。そしてシュリフテンに向かい、彼がアミーネには好意的だったことに免じて今までの憎悪はすべて水に流そう、自分の友となってほしい...と語りかけるのでした。
 
 するとシュリフテンは、自分は父ヴァンダーデッケンに嵐の海に落とされた水先案内人に他ならず、呪われた船と船長が存在するかぎり、同様にこの世にとどまるという定めだったのだと明かします。さらに、フィリップが自分を許し、たがいに和解しあうことが父のもとへ至るための条件であり、それが成ったいま目的は叶うだろうと告げると、跡形もなくかき消えました。

 その言葉を裏付けるように、今までいくら漕いでも変わらなかった船との距離がみるみる縮まり、とうとうフィリップは船にたどりつきます。ついに邂逅した父と息子。
 
 若い姿のままの父親が嬉し泣きしつつ、手渡された十字架の破片に改悛の情をこめて口づけを繰り返すごとに、船の各部や乗組員はことごとく塵と化して消滅してゆきます。そして、最後に残った船体が固く抱き合ったままの親子とともに波間に消えると、あとには再び輝きを取り戻した海原が広がっているばかりでした。(了)
 
*         *         *         *         *         *

 最後の回は前にもまして駆け足(それでもこの長さ)ですが、ヴァンダーデッケン親子の航海もようやく終わりました。しかし何だかやりきれない結末ですね。補足や感想はまた別の記事でまとめることにします。
 
 オペラのほうのオランダ人にもおととい行ってきましたが、オランダ船が現れるあたり、見ていてこちらの小説とシンクロするところがあってけっこう楽しかったです。手前に現実の船があって、そこに幽霊船が真横(舞台奥)から突っ込んでくるという構図がやっぱり一番効果的ですね。幽霊船なら普通に海を走ってくるんじゃなくて、こちらの度肝を抜くような登場の仕方をしてくれないと。
 プログラムをちょっと立ち読みしてみたら、そこでも一言ですがこの小説に触れてあってちょっと嬉しかったです。(他では見かけたことない"マリヤート"という表記でしたが) 解説自体はさまよえるオランダ人伝説の歴史的背景に対するアプローチで、たいへん参考にさせていただきました。

テーマ:本の紹介
ジャンル:小説・文学

2012.03.17 13:12|怪奇幻想文学いろいろ
 フィリップ、クランツたちが徴用された後も、艦隊での壊血病患者は増える一方。フィリップが配属された艦の艦長は、総司令官の提督に食糧補給のため南米に寄航することを提案しますが却下されてしまい、やむなく艦長は一隻独断で岸に向かったのです(補足すると、南米へ寄りづらいのはそこがオランダをかつて支配していたスペイン領だからで、当時の両国の敵対感情はすさまじいものがあったようです)。
 
 計略でうまいこと手に入れた生鮮食品で病人たちはじき全快しますが、艦隊と合流したあと、(他の船の患者は、フォークランド諸島に停泊して採ったペンギンの卵(...)と野草でどうにか回復したのです) 艦長は規律違反のかどで軍法会議にかけられてしまいました。かねてよりこの艦長を快く思っていなかった提督は、彼を身一つで岩だらけの海岸に置き去りにするという極刑を下します。「提督始め多くの者たちもいずれ自分と運命を共にすることになろう」と、呪いとも予言ともつかぬ言葉を残して艦長は連れてゆかれました。

 それでも前艦長の人柄を慕うフィリップと部下たちは、夜陰に乗じてこっそり食糧や銃など当分の必要品を岸に運んできました。翌朝全艦隊は出航しますが、いったん解散して船足の速い小型艦三隻を先に行かせ、提督の旗艦と、いまやフィリップが指揮することになった船だけが連れ立って航行することになります。

 ここからは暗礁があちこちに広がるマゼラン海峡の難所で、提督はフィリップの艦に旗艦を先導するよう命じていました。ですが翌日の夜になって旗艦の船尾灯が前方に見えていると知らされ、いつの間に追い越されてしまったのかとあわてながらも、フィリップはとにかく後を追うよう指示します。
 ひたすら前方の灯を追って走るうち、やがて闇に浮かぶ岸影。それでも速度を落とす気配のない旗艦に、とうとう危険を知らせる合図の砲撃が鳴らされますが、返答が聞こえたのはなんと後方から! その時夜明けの光があらわにした先を行く船の正体とは、陸地の上を軽々帆走してゆく「フライング・ダッチマン」号に他ならなかったのです。
 しかし時すでに遅く、二隻の船は浅瀬に乗り上げ、さらには前艦長を置き去りにした地点に逆戻りしていました。

 座礁で修復不可能なダメージを受けた旗艦では提督の権威は完全に失墜してしまい、クランツらフィリップの船に来た一部の者を除き、みなが海岸で飲めや歌えの大騒ぎ。やがて、姿を消していた前艦長と提督とがともに絶壁の下で死体となって見つかります。状況からして、提督が見張りに登ったところに前艦長が現れ、争って一緒に転落したもののようでした...。岸でキャンプしていた者たちの多くも酩酊して崖から落ちるなどで命を落とし、前艦長の予言はこうして現実となったのです。

 旗艦の生き残りを集め、一隻だけで航海を再開したフィリップの艦。彼もすっかり部下たちに慕われる指揮官となっていました。食糧と身代金目当てに拿捕したスペイン船の積荷に金銀が隠してあって大もうけしたり、スペインの軍艦と小競り合いしたり(この辺、もう海軍なのか海賊なのかわかりませんが)といった冒険の末、目的地のバタビアに到着します。そこで先行の三隻と落ち合い、艦隊は無事オランダに帰還を果たしたのでした。

 軍務を解かれたフィリップは、ついに念願の船長に任命されることに。出航予定は翌年の春。新しく進水するその船「ユトレヒト」号の一等航海士を務めるのは、フィリップとはいまや固い絆で結ばれたあのクランツです。
 
追記:提督を道連れに転落死したフィリップの上司の階級は、原文ではCommodore(コモドール、准将・代将)ですが、わかりにくいのでここでは単に艦のトップという意味で「艦長」としました。調べてみるとオランダ海軍ではちょうどこの頃設けられた階級のようです。この手のことはほんと不勉強でいけません。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%A3%E5%B0%86(Wikiリンク)

*         *         *         *         *         *

 結局完結はまたお預けです。これでも一応「フライング・ダッチマン」がらみの筋だけ抜き出して、他のエピソードは一行かそれ以下ですませたようなものなんですが。やたらと細部を引き伸ばしたり、ワンクッション関係ないエピソードを挟んだりする冗長さがこの小説の最大の欠点。登場人物たちは主要人物からちょっとしか登場しない脇キャラに至るまで、なかなか個性的な性格付けがされていてよく描けていると思うんですけどね。

 これまではただ幻のように遠くに見えるだけの「フライング・ダッチマン」でしたが、今回の闇夜に二隻の船を翻弄するくだりはなんとも悪魔的な不気味さです。陸の上でもどこでも神出鬼没というのも、これぞ幽霊船という感じですが、作者マリヤットが航海中に見た蜃気楼のイメージかなにかが影響しているのでしょうか。
 
 そもそもマリヤットは元英国海軍の軍人で、トラファルガー海戦の翌年に海軍入りして昇進を続け、ナポレオン戦争の終結の年に艦長就任、ナポレオンの訃報をセントヘレナ島からイギリスに運んだ艦の指揮もとっていた―ということでも有名です。
 そのせいか、さまよえるオランダ人伝説とは関係なしのスペイン船との戦闘シーンでは、筆もとりわけ生き生きとしているような...。作中の意地悪な提督あたりにも、あるいはモデルになった人物がいたりするのかもしれませんね。

次回は→http://hollyandthorn.blog137.fc2.com/blog-entry-97.html

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筆不精にも関わらずメモ帳代わりとして始めてしまったブログ。
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