2012.04.09 17:43|音楽鑑賞(主にオペラ)|

地下鉄の駅を出たところの街路、周囲には店舗と住居を兼ねたような建物。夕暮れ時、通りを行きかう人々に混じって初老の男性が駅から現れ、向かいの建物に入っていこうとします。中では妻か愛人らしき、赤い服にエプロン姿の女性が待っている様子。
男は鍵束を出してドアを開けようとしますが、なぜかいきなりそれを取り落とすと、小雨が降りだし人気のなくなった辺りをうろうろ。駅の出入り口にいた花売りの女性ホームレスから、中の女性の機嫌をとるためとおぼしき花束を押しつけられたりしたあげく、再び家に向かいかけたそのとき、派手めな格好の一人の少女とばったり出くわしました。
軽くちょっかいを出す感じで通り過ぎようとした少女を、やにわに地面に張り倒す男。そのまま家の中に消えていきますが、今度はその様子を二階から見ていた女性の逆鱗に触れたのか、またもや外に叩き出されて締め出されてしまい・・・。
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音楽が始まる前からこんなパントマイムで幕を開けるのがシュテファン・ヘアハイム版の「ルサルカ」。
少女というのはルサルカで、初老の男はその父の水の精、ホームレスのおばさんがイェジババ(魔女)。そして家の中にいるエプロンの女は、なぜかのちに出てくるルサルカの恋敵、外国の王女と同一人物らしいのです。ついでに舞台に再現されている町並みはブリュッセル市内を模したものだとか。
もっとも、この演出では最初の二人が本当の親子という設定かどうかはいまいちはっきりしません。ルサルカは服装からして水商売の女の子っぽいですが、男が彼女を殴るのは実の娘の行状に激昂したからとも、妻との関係がこじれていらいらしてる時に通りすがりの娼婦にからまれて切れたともとれます。
まだしばらくは見られるので詳しいネタばれは控えるけれど、どうやらこの演出での主人公である水の精(←どう呼べばいいのか?)が陥ってゆく狂気と妄想という様相を呈しています。
その妄想が頂点に達したところ(二幕のアリアの場面)でパジャマの上からネプチューンの三つ又矛と王冠というなんとも妙なコスプレ姿になり、海中の眷属相手に寸劇を演じるのです。水中の世界≒深層心理なんでしょうか?こちら↓の記事の場面。
http://hollyandthorn.blog137.fc2.com/blog-entry-96.html
元がファンタジー的なストーリーを現実世界での出来事に置き換えて再構築してしまうのは、去年のザルツブルクでの「影のない女」なんかと似ていますが、こちらのほうが個人の心理にスポットを当てている分いっそう錯綜しています。
あるいは、なかなか父親離れできない女の子が体験した一晩の悪夢という感じだった去年の新国の舞台に対し、こちらは娘に対してよからぬ感情を抱く父(親子関係とするなら)の妄想ともいえそう。
輪をかけて解釈をややこしくしているのが、いろいろな役柄が本来の出番でないところに登場してきて別のパートを歌いさえすること。特に魔女、王女、三人の妖精姉妹の女性キャラはそのつどまったく違った姿で何度も現れます(みな一度はルサルカと同じ服装になるのがなかなか意味ありげ)。
しかしこのやり方は場合によっては大変わかりにくく、思わず何度も巻き戻して見てしまいました。エプロン姿の女性が実は王女だったり、二幕はじめの緑のワンピースの中年女性がイェジババだったりというのは、実際に劇場で見ていたらもっと???状態になるのは間違いなさそう。そういう演出ってちょっとどうなのと思わないでもありませんが・・・。
なお「森番(狩猟番)」と「料理人」という役どころはこの演出では存在せず、三幕で二人が魔女を尋ねてくる場面はカット。二幕でのパートは街角に群衆が集まるシーンに変えられ(魔女や妖精たちもまぎれてます)、その場面にだけ登場する「肉屋」、「警官」、「司祭」という役柄に割り振られています。
これだけ聞くともう十分、見たくないと思われる方が多いかもしれませんが、先日の「タンホイザー」でも好演だったアダム・フィッシャーの指揮をはじめ、歌手も揃っていて音楽面は非常に高水準。配信の音質もかなりいいと思われます。
参考に英語版のキャスト表を張っておきます。
Music direction ¦ Ádám Fischer
Director ¦ Stefan Herheim
Set design ¦ Heike Scheele
Costumes ¦ Gesine Völlm
Lighting ¦ Wolfgang Göbbel
Chorus direction ¦ Richard Lewis
Rusalka ¦ Myrtò Papatanasiu
Prince ¦ Pavel Cernoch
Foreign princes ¦ Annalena Persson
Vodnik ¦ Willard White
Jezibaba ¦ Renée Morloc
Wood Nymphs ¦ Ekaterina Isachenko/YoungHee Kim/Nona Javakhidze
Hunter & Priest ¦ Julian Hubbard
Butcher ¦ André Grégoire
Policeman ¦ Marc Coulon
Orchestra ¦ La Monnaie Symphony Orchestra & Chorus
ウィラード・ホワイト以外あまり知名度のある人はいませんが、歌手陣はみな演技がうまく、演出の要求にもよく応えていました。ルサルカを歌ったパパタナシュは透明感のある、上によく伸びる声で表現力も豊か。王子もわがままな貴公子然としていてぴったりです。
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