その(1)はこちら (以降順にリンクしてあります)
主人公が転生したはるか未来の地球。苛酷な環境と人(とその魂)を餌にする怪物や邪霊のため、人類はもはや外の世界で生きてはゆけず、ピラミッドの形をした巨大な建造物の中に社会を築いているのでした。このピラミッドはしばしば"
The Last Redoubt"(訳では「
最後の角面堡」)と呼ばれていますが、砦や要塞というRedoubtの意味どおり、いまや人間を絶滅から守るため唯一残された防壁なのです。
実際ピラミッドは建築されてから百万年という年月を持ちこたえてきており、おそらくほとんどの人々は生涯そこから一歩も出ることなく過ごします(前回書いたように厳しい試練が課される「夜の域」の探索志願者はごく僅かでしょうし、そもそも女性は一切外に出ることが認められないというので)。内部では常に警戒体制がとられているとはいえ、それなりに安定した快適な世界で衣食住にも事欠くことはないようです。
語られるところでは、この時代生き残っている人口はわずか数百万人程度。とはいえ、それだけの人々が一つところにまとまって住んでいるわけなのでピラミッドの大きさは半端ありません。作中に見える記述をまとめてみると、ピラミッドの規模や構造は・・・
・灰色の金属でできた四角錐形で、基部は一辺が5・25マイル、高さは8マイル近く。その上にさらに「怪物警備官」 が詰める見張りの塔がある。
・内部は1320の階層に分かれていて、その一つ一つが都市を形成している(移動にはエレベーターのような昇降機を使う)。若者は成人前、一日に一都市をめぐる旅をする慣わし。
・四面の壁全体には銃眼があり、外が見られるようになっている
ただ面積は上の層に行くほど狭くなっていくわけで、居住空間の人口密度は相当高くて窮屈なんじゃないかという気もしますが(笑) 中には巨大な図書館や博物館、それにピラミッドの中心にあたる位置(「中心点」という金属のオブジェが置かれています)には「数学の間」という研究のための場所など、さまざまな施設もあるようです。
しかし、ピラミッドの地上部分は例えるなら氷山の水面より上に出ている箇所のようなもの。建造以来その地下は常に掘り下げられ続けて、地下百マイルにいたるまでピラミッド本体をはるかにしのぐ巨大な空間ができています。周囲は土を掘っても敵が侵入できないようピラミッドと同じ金属の壁でおおわれ、風や人工照明による光もあって豊かな自然が再現してあるのです。
地下への出入りはほぼ自由のようで(そこに定住している人たちがいるのかはあまりはっきりせず、居住区域として認められているのは地上部限定なのかもしれません)住人たちはそこで散策したり食物を栽培したりし、また一辺の幅が百マイルという最下層は「沈黙の園」と呼ばれて死者を埋葬するための広大な墓地としても用いられているのでした。
「沈黙の園」よりもさらに深い地下には、
「地流」(Earth-Current)と呼ばれるエネルギー源が存在しています。この「地流」こそが、ピラミッドの事実上の生命線といっても過言ではないでしょう。「
生命と光と安寧のすべてを生みだす源」(妖精文庫版P79)と作中で述べられているように、照明や動力等全部のエネルギーを得ているばかりでなく、地下の土壌で食用となるもの含め植物を栽培できるのも「地流」の影響によるものだからで、もしそれが弱まったり最悪涸れてしまえば破滅的な結果は避けられません。
そして、あるいはそれ以上に重要ともいえるのは、「地流」には「夜の域」の邪霊や怪物を寄せ付けない力があること。ピラミッドの周囲一マイルのところには「地流」のエネルギーが流れるチューブが環状にめぐらされていて、それが外敵の侵入を防ぐ最大の防御になっているのです。
「地流」はまた、ピラミッドの人々が使う武器の動力源でもあります。この未来世界には銃火器はなく、
「ディスコス」という名称の、伸縮可能な竿の先に回転する円盤形の刃を取り付けた金属製の武器が用いられているのですが、これはどういう仕組みか地流のあるピラミッドから離れた場所でも使用でき、しかも起動すると光るので真っ暗闇の中でも大丈夫というなかなかの優れもの。
おそらく非常事態に備えてか、ピラミッドの全住民は男女問わず小さい時からディスコスの扱いを訓練されて各自が専用の一振りを所持しています(ただし普段は厳重に管理されており、無断持ち出しは絶対禁止)。
なお他の兵器が全くないわけではなく、より古い時代に作られた、地流をビームのように打ち出す大砲のようなものもいまだに保存されているのです。そればかりか博物館には飛行船なども残っていますが、作中で語られる時代には人類は外敵の注意をひかず、何より貴重なエネルギーの地流を消費しないことを重視しているため、それ以前のテクノロジーの多くは放棄されたという設定(果たしてこれらが活躍する機会があるかは、読んでのお楽しみということで)。
ピラミッドで普段どんな生活が営まれているか、また政治や経済等社会の仕組みがどうなっているかなどはそれほど詳しい説明がなく、想像で補うしかありません。
人々は階ごとの都市に分かれて暮らし、都市の首長や前に述べた「怪物警備官」の長(Master)はじめ、「医師の長」、「ディスコスの長」などいろいろな部署の長官たちが全体の指導者層のようですが、特に目立った階級や貧富の差がある雰囲気ではなさそう。
先に書いたように一種の軍事教練的なものが幼時から義務付けられていたり、ピラミッド全体で就寝(消灯)時間が決められている(省エネを考えたら無理ないことですが)など多少管理社会めいたところがあるにせよ、住む都市の選択なども含めそれなりに個人の自由が尊重され、人々の連帯や親近感も強い平和な世界といった様子です。ただし防衛面に関することには厳しい法が定められており、とりわけ無断で「夜の域」に出ようとした者、それを手助けした者には重い罰が科されます。
ところでその違反者に対する罰則が「鞭打ち」(帆船時代には海軍、商船問わず船内の規律違反者に対する刑罰でした)というあたりは、どうもホジスンの船員勤務の経験が影響しているのではと思えてなりません。とはいえ、やはりもと船乗りだったメルヴィルが自作中でこの制度への嫌悪を相当あからさまにしているのなどと比べると、ここでホジスンが主人公の口を通して述べている意見は賛同ではないにせよ、やむをえない最終手段といったニュアンスでそこまで否定的ではない印象ですが。
しかし(すごく漠然としてますけど)、読んでいるとときおり、それ以外の全体的な雰囲気においてもホジスンはピラミッドの社会と一隻の船の内部とを重ね合わせているような感覚を受けるのですよね。規律が何よりも重んじられている点、それに数百万もの人々がいるとは思えないほど全体の一致団結感が強いあたりなども。
ともかく常に危険と隣り合わせの閉ざされた運命共同体という点では、ピラミッドは規模は違えど航海中の帆船と同じといえます。そうした共通点からしても、やっぱりこの世界観の根っこにはかつて乗り組んでいた船のイメージがあると考えたくなるのですがどうでしょうか。
→次回(その5)はこちら
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タグ:ウィリアム・ホープ・ホジスン