2014.10.22 17:17|怪奇幻想文学いろいろ|
前のが壊れて半月、ようやく新しいパソコンを購入しました。そのあいだに現実が作中の日付けを追い抜いてしまいましたが(汗) 結局HDDのデータは全く復旧しませんでしたので、この訳も記憶を頼りに携帯でちまちま打ち直したのをネットカフェに来てアップしてます。やれやれ
"Pages From a Young Girl's Journal"(抄訳)
十月六日
今日一日というもの、世間が私たちに求める行いと現実の私たちの行いとのあいだの隔たりについて考え込んでばかりいます。そしてそのどちらとも、ビッグス=ハートリーさんがつねづね力説されるように、主の望まれる、けれど私たちにはどれほど力を尽くしても成し遂げられない行いというものとはまた別なのです。人間ひとりひとりは例外なく、少なくとも三人の異なる人格であるとでもいえるのかしら。でもこんな問題はほんの序の口にすぎません。
結果としてあまり満足のいくものではなかった昨日のエミリアとの町歩き。これまで私は女に生まれて、おかげでひとりでは外出もできず、なんて多くの損ばかりなのでしょうとずっと思っていた。なのに今になってみると、一体なにを不足に感じていたのか判らなくなってしまったわ。求めるものに近づけば近づくほど、それが本当にそこにあるのか定かでなくなってくるとでもいうように。せめてキャロラインがいてくれれば。私と二人だけで外出したのが彼女だったら、むろん現実において何ら変わりはなくても、世界はまったく違って感じられたのかもしれません。不思議なものね、そこをある人と訪ねた時には気付きもしなかったことが、また別の誰かと一緒だとはっきり目に見えたりもするんですから。
この異国の地で、私は友のひとりもなくひたすら孤独です。伯爵夫人はご親切にも、私がイタリア語を学ぶ助けになればとおっしゃって、片側のページに英語の対訳が付いたダンテの詩集を贈ってくださいました。もっとも、夫人の言われる通りか私にはわかりませんけど。数ページ義務的に目を通してみましたが、この世に読書ほど好きなもののない私にとってさえ彼が綴る観念はあまりに陰気でややこしく、とても女性、とりわけ英国女性の好みにかなう読み物とは思えませんでした。
おまけにその容赦なくて厳しい顔つきの怖いことったら、本の見返しに見事な版画で刷られた彼の肖像を見てからというもの、鏡台に座っているとその顔が肩越しに睨んできはしないかと恐ろしくなるほどです。ベアトリーチェに相手にされなかったのも当然というものだわ。きっと彼は女性に訴えかける魅力にまったく乏しかったんでしょう。もちろんこんなこと、伯爵夫人はじめイタリアの人に向かっては絶対口にしてはだめよ。この国ではダンテは、私たちにとってのシェークスピアやジョンソン博士と同じくらい神聖な存在なんですもの。
今日に限ってはまだ午後のうちにこの日記をつけています。私は自分が倦怠感に冒されているのを悟って、(些細なものとはいえ)倦怠は罪ですから、それを追い払おうとこうしている訳なのです。世界を満たし、今この地で私たちの隣人となっておられるバイロン卿にも付きまとう倦怠という感覚が、私にはなんて良く理解できることかしら!ほんのちっぽけな小娘に過ぎない私にも、少なくともこの一点においてだけはあの偉大な詩人と一致する部分があるなんて!そう考えれば倦怠といえどもいくばくかの慰めになるかもしれません。いずれにせよこれから寝るまで、日記に書きとめるほどの出来事はもう起こりっこないでしょう。
追記。さっき書いた最後の行は間違いだったわ!夕食のあと、ふと伯爵夫人にバイロン卿を直接ご存知かどうか尋ねてみようと思い立ったのです。でも私の尋ね方はぶしつけに過ぎたかも。パパとママがお決まりの言い争いに気を取られていた隙を見計らって、私は部屋の反対側に行き、夫人がもたれていらしたソファーの端に腰かけました。夫人は微笑み何かおっしゃろうとしましたが、そこに私は単刀直入に質問をぶつけてしまったの。
「ええ、ミア・カラ(可愛い子)」、と夫人は答えられ、
「卿にはお目にかかったことがあるわ、でもあの方を私たちのパーティーにお招きするわけにはいかないのよ。卿にはあまりに政治に熱心すぎるところがおありで、その信条には賛同しかねるという人たちも多いの。実際このことに絡んではもう幾名かの死人が出ているほどで、いかに傑出した方とはいえ、異国の人とは手を取り合えないという意見も少なからずあるということなのね。」
そう、もちろん私の動機の裏にあったのは、もしバイロン卿が夫人のパーティーにお見えになったらどんなに素敵かしらということだったのです。またしても伯爵夫人は、他人の――私のですが――願望を見通すみごとな洞察力を示されたのでした。
十月七日
パーティーの日!今はまだ朝のとても早いうちで、お日様がここしばらく見たこともないほど明るく照っています。ひょっとして私がふだん起きる前のこの時間はいつも晴れているのかしら?「お寝坊さんたち、なんて勿体ないことをしてるの!」というのがキャロラインのママの言いぐさだったわね、もっともあそこまで子供に甘いお母さんもそうそういないでしょうけど。それにしても、今日みたいに一番ゆっくり寝ていたい日に限ってやたらと早く目が覚めてしまうのは困ったものです。今日はこの後ずっと気が休まりそうにもないし、全部が終わった後には気力を使い果たしてふらふらになっているに違いないから、今のうちこれを書いておくことにしましょう。私はパーティーがあるといつもそうだから!あさってが日曜日で良かったわ。
十月八日
信じられるかしら?昨夜のパーティーで私、それは私のことに興味を示してくださる男の方と出会ったのよ!
今しがた、まだまどろみの中にいたところに扉が控えめにノックされたかと思うと、入ってきたのはバラ色と紫色のまじった色合いの、見たこともないほど綺麗な部屋着をまとわれた伯爵夫人でした。黒っぽい(イタリア人の大半にくらべれば明るい色ですが)髪はまだ結い上げず、美しくもどこか悲しげなお顔を縁取るように垂らしていますが、指にはいつもの指輪がすっかりはまって日の光にきらめいています。夫人はお盆を手にしておられ、そこには大陸ふうの朝食一式がのっていました!本音をいえば、その時の私は完璧な英国流朝食の一揃えをすっかり平らげたいぐらいでしたけど、だとしてもこれ以上に親切ななさりようがあるでしょうか。
「ああ、ミア・カラ、」と夫人は殺風景な部屋を見回しておっしゃいました、「何事も過ぎてしまうものですからね。」それから彼女は私にキスしようとかがみ込み、「でもなんて青白いお顔なの、祭壇のユリの花みたいに真っ白よ!」
「私イギリス人ですもの、肌や髪の色が薄いのは生まれつきですわ。」と返しましたけれど、夫人はそのまま私をじっと見つめておいででした。「パーティーのおかげでひどく疲れているのね。」
それが質問に聞こえたので、私は胸を張って答えました。
「とんでもありません、きのうの夜は私の人生のうちでも最高にすばらしい晩でしたわ!」(実際それは紛れもない真実でしたから。)
******
伯爵夫人にもらった「ダンテの詩集」は「神曲」(いちおう韻文の叙事詩です)でしょう。しかし私も主人公のダンテ観にはある部分同意できなくもありません(笑)
最後変なところで切れてますが、このパーティー翌日の書き込みはおそろしく長く、とても一回分には収まりそうもないため今回はここまでにさせていただくことにしました。パーティーでいったい何が起きたのかに関しては次回分にご期待ください。まずは届いたPCをネットにつなげてWindows8.1に早く慣れねば・・・。
→次回はこちら

"Pages From a Young Girl's Journal"(抄訳)
十月六日
今日一日というもの、世間が私たちに求める行いと現実の私たちの行いとのあいだの隔たりについて考え込んでばかりいます。そしてそのどちらとも、ビッグス=ハートリーさんがつねづね力説されるように、主の望まれる、けれど私たちにはどれほど力を尽くしても成し遂げられない行いというものとはまた別なのです。人間ひとりひとりは例外なく、少なくとも三人の異なる人格であるとでもいえるのかしら。でもこんな問題はほんの序の口にすぎません。
結果としてあまり満足のいくものではなかった昨日のエミリアとの町歩き。これまで私は女に生まれて、おかげでひとりでは外出もできず、なんて多くの損ばかりなのでしょうとずっと思っていた。なのに今になってみると、一体なにを不足に感じていたのか判らなくなってしまったわ。求めるものに近づけば近づくほど、それが本当にそこにあるのか定かでなくなってくるとでもいうように。せめてキャロラインがいてくれれば。私と二人だけで外出したのが彼女だったら、むろん現実において何ら変わりはなくても、世界はまったく違って感じられたのかもしれません。不思議なものね、そこをある人と訪ねた時には気付きもしなかったことが、また別の誰かと一緒だとはっきり目に見えたりもするんですから。
この異国の地で、私は友のひとりもなくひたすら孤独です。伯爵夫人はご親切にも、私がイタリア語を学ぶ助けになればとおっしゃって、片側のページに英語の対訳が付いたダンテの詩集を贈ってくださいました。もっとも、夫人の言われる通りか私にはわかりませんけど。数ページ義務的に目を通してみましたが、この世に読書ほど好きなもののない私にとってさえ彼が綴る観念はあまりに陰気でややこしく、とても女性、とりわけ英国女性の好みにかなう読み物とは思えませんでした。
おまけにその容赦なくて厳しい顔つきの怖いことったら、本の見返しに見事な版画で刷られた彼の肖像を見てからというもの、鏡台に座っているとその顔が肩越しに睨んできはしないかと恐ろしくなるほどです。ベアトリーチェに相手にされなかったのも当然というものだわ。きっと彼は女性に訴えかける魅力にまったく乏しかったんでしょう。もちろんこんなこと、伯爵夫人はじめイタリアの人に向かっては絶対口にしてはだめよ。この国ではダンテは、私たちにとってのシェークスピアやジョンソン博士と同じくらい神聖な存在なんですもの。
今日に限ってはまだ午後のうちにこの日記をつけています。私は自分が倦怠感に冒されているのを悟って、(些細なものとはいえ)倦怠は罪ですから、それを追い払おうとこうしている訳なのです。世界を満たし、今この地で私たちの隣人となっておられるバイロン卿にも付きまとう倦怠という感覚が、私にはなんて良く理解できることかしら!ほんのちっぽけな小娘に過ぎない私にも、少なくともこの一点においてだけはあの偉大な詩人と一致する部分があるなんて!そう考えれば倦怠といえどもいくばくかの慰めになるかもしれません。いずれにせよこれから寝るまで、日記に書きとめるほどの出来事はもう起こりっこないでしょう。
追記。さっき書いた最後の行は間違いだったわ!夕食のあと、ふと伯爵夫人にバイロン卿を直接ご存知かどうか尋ねてみようと思い立ったのです。でも私の尋ね方はぶしつけに過ぎたかも。パパとママがお決まりの言い争いに気を取られていた隙を見計らって、私は部屋の反対側に行き、夫人がもたれていらしたソファーの端に腰かけました。夫人は微笑み何かおっしゃろうとしましたが、そこに私は単刀直入に質問をぶつけてしまったの。
「ええ、ミア・カラ(可愛い子)」、と夫人は答えられ、
「卿にはお目にかかったことがあるわ、でもあの方を私たちのパーティーにお招きするわけにはいかないのよ。卿にはあまりに政治に熱心すぎるところがおありで、その信条には賛同しかねるという人たちも多いの。実際このことに絡んではもう幾名かの死人が出ているほどで、いかに傑出した方とはいえ、異国の人とは手を取り合えないという意見も少なからずあるということなのね。」
そう、もちろん私の動機の裏にあったのは、もしバイロン卿が夫人のパーティーにお見えになったらどんなに素敵かしらということだったのです。またしても伯爵夫人は、他人の――私のですが――願望を見通すみごとな洞察力を示されたのでした。
十月七日
パーティーの日!今はまだ朝のとても早いうちで、お日様がここしばらく見たこともないほど明るく照っています。ひょっとして私がふだん起きる前のこの時間はいつも晴れているのかしら?「お寝坊さんたち、なんて勿体ないことをしてるの!」というのがキャロラインのママの言いぐさだったわね、もっともあそこまで子供に甘いお母さんもそうそういないでしょうけど。それにしても、今日みたいに一番ゆっくり寝ていたい日に限ってやたらと早く目が覚めてしまうのは困ったものです。今日はこの後ずっと気が休まりそうにもないし、全部が終わった後には気力を使い果たしてふらふらになっているに違いないから、今のうちこれを書いておくことにしましょう。私はパーティーがあるといつもそうだから!あさってが日曜日で良かったわ。
十月八日
信じられるかしら?昨夜のパーティーで私、それは私のことに興味を示してくださる男の方と出会ったのよ!
今しがた、まだまどろみの中にいたところに扉が控えめにノックされたかと思うと、入ってきたのはバラ色と紫色のまじった色合いの、見たこともないほど綺麗な部屋着をまとわれた伯爵夫人でした。黒っぽい(イタリア人の大半にくらべれば明るい色ですが)髪はまだ結い上げず、美しくもどこか悲しげなお顔を縁取るように垂らしていますが、指にはいつもの指輪がすっかりはまって日の光にきらめいています。夫人はお盆を手にしておられ、そこには大陸ふうの朝食一式がのっていました!本音をいえば、その時の私は完璧な英国流朝食の一揃えをすっかり平らげたいぐらいでしたけど、だとしてもこれ以上に親切ななさりようがあるでしょうか。
「ああ、ミア・カラ、」と夫人は殺風景な部屋を見回しておっしゃいました、「何事も過ぎてしまうものですからね。」それから彼女は私にキスしようとかがみ込み、「でもなんて青白いお顔なの、祭壇のユリの花みたいに真っ白よ!」
「私イギリス人ですもの、肌や髪の色が薄いのは生まれつきですわ。」と返しましたけれど、夫人はそのまま私をじっと見つめておいででした。「パーティーのおかげでひどく疲れているのね。」
それが質問に聞こえたので、私は胸を張って答えました。
「とんでもありません、きのうの夜は私の人生のうちでも最高にすばらしい晩でしたわ!」(実際それは紛れもない真実でしたから。)
******
伯爵夫人にもらった「ダンテの詩集」は「神曲」(いちおう韻文の叙事詩です)でしょう。しかし私も主人公のダンテ観にはある部分同意できなくもありません(笑)
最後変なところで切れてますが、このパーティー翌日の書き込みはおそろしく長く、とても一回分には収まりそうもないため今回はここまでにさせていただくことにしました。パーティーでいったい何が起きたのかに関しては次回分にご期待ください。まずは届いたPCをネットにつなげてWindows8.1に早く慣れねば・・・。
→次回はこちら