2014.12.23 11:50|怪奇幻想文学いろいろ|
相変わらず作中「十月八日」記入分の続き(次回でこの日のエントリーはやっと終わりです。やれやれ) パーティーでの運命的な出会いの相手とは…。
"Pages From a Young Girl's Journal"(抄訳)
「彼」の姿かたちを描き出すとなると、私のペンはふさわしい言葉を探すのにしばし止まってしまいます。背丈は人並み以上、ほっそりと優雅ながらも、その全身には驚嘆すべき力と強靭さがみなぎっているのが見て取れます。やや血の気にとぼしい肌の色に(敏感そうでかすかに震える鼻孔と組み合わさってはいますが)鷲のように鋭く堂々たる鼻梁、そして鮮紅色で情熱的(こうという他ありません)な唇。その口もとを一瞥するだけでも、私の脳裡には大海原や妙なる詩歌のおもかげが浮かぶのでした。たいそう長く繊細ながら、私自身あとで身をもって知ることになったように、握りしめれば強烈な力のこもる両の手の指。髪ははじめ漆黒かと思えましたが、よく見ると灰色、というよりはほとんど白いものが細かいレースにも似て縁取っていました。秀でた額は高く、貴族的です。こうして語っているのは人の子、それとも神のことなのかしら?我ながらわからなくなってしまいそう。
そして「彼」の話術といったら、私に言えるのはとうていこの世のものとは思えなかったということだけ。社交の集まりの場につきものの、その言葉本来の意味すらとどめていないような嫌らしいおべっかなんて、そこには微塵も存在していなかったわ。「彼」が語る事柄すべては(出会い頭の社交辞令はともかく)、私の内面深くにひそむ何かに語りかけ、さらに返答するにあたっては、自然に口をついて出てくるのはことごとく私が真に言いたかったことばかりだったのです。パパを筆頭とする男性相手にこんな風に会話がはずんだことは今だかつてなかったし、ごくわずかな例外を除けば女の人たちとだって同様でした。
どういうわけか、私たちがなにを話題にしていたのかははっきり思い出せないのだけれど、それは会話のあいだずっと付きまとっていた不思議な感覚のせいかもしれません。それはただ思い出せるというより、今こうしている最中も――全身でもって、私の内部に深く温かく沁みいり――変容していくのが感じとれる感覚なのです。いえ、本当は単なる"話題"などではなくて、生命、美、芸術、自然、そして私自身・・・その他もろもろ、俗世間でとどまるところを知らず繰り広げられる愚かなたわごとを除いた森羅万象の全てだったのかも。
「ことばというのは全く女性がたと縁のあるものです。」という彼の批評に、私はただ微笑んでみせるしかありませんでした。実際まごうかたなき真実ですものね。
ありがたいことに、ママはそれきりパーティーの場に戻ってはきませんでした。例の殿方たちにすれば、扱いに困るイギリス娘が自分たちの手を離れてくれてほっとしていたことでしょう。ママに代わって私のお目付け役をするべき伯爵夫人も、おそらくは私の意に沿わないよけいな干渉はせずにおこうと決められたのか、ずっと遠くの方におられたままでした。もしそうなら、それこそ私が夫人に望んだ通りのことだったのです。
やがて晩餐の時間になりました。なのに私を驚かせ、かつ悔しがらせたことには、わが友は(こう呼んでいいかしら)「席に着くのは遠慮させていただきたい」ですって。食欲がないという彼の弁解はまっとうな口実としては受け入れがたいものだったにせよ、あの言葉遣いをもってすればいつだって異議なんて消し飛んでしまいます。その上しごく真剣な様子でひしと見つめられ、必ず帰りを待っているから自分のエスコートなしで乗り切ってほしいと言い切られては、私だって一も二もなく状況を受け入れるよりほかありませんでした。でも本心では、私のほうも彼と同じくらいこの国の嫌な食べ物を口にする気分ではなかったけれど。
そういえばさっきは彼の目について書くのを抜かしてしまったわね、ろうそくのほのかな灯りのもとではほとんど真っ黒に近い暗さをたたえたあの美しくて魅力的な瞳のこと。その姿にもう一度視線を戻してしげしげと見ているうち、私はひょっとして彼は食卓のまばゆい灯火に全身をさらすことで、本当の年を悟られるのを恥ずかしがっているのではと思い当たりました。そういう見栄は別に女性に限られたものでないでしょうし、なにより彼はこちらの部屋の隅っこにいてさえ、光を増した食堂のほうから身を引いてちぢこまってでもいるように見えたのですもの。並外れた強靭さの印象にもかかわらず、それは彼のひときわ目立つ特徴でした。
私はそつなく一歩前に踏み出し、ひどく不安げでやむにやまれぬ様子で「戻ってきてくれますね?」と呼びかける彼に、落ち着き払って微笑みを返し歩み去ったのです。
するとたちまち私を捕まえにやって来たのはパパよ。パパは寝室に引き取ったママは、(私にはとっくに予想のついていたことですが)そのまま寝込んでしまったと話し、食事がすんだら私も上に行くようにと言いつけました。そうしながらパパは私を小突きつつ並んだテーブルの間を押し分けていって、席につかせた私にまるで七面鳥を太らせるみたいに食べ物を押し込もうとしてきました。さっきも書いた通り、あの時の私は自分と隣のパパが何を食べたかも覚えてないほど食欲不振だったというのに。仕方なく私は目の前の食物を、それが何であれダービシャー流の言い方をすれば(私にとっては)並々でない量のワインで"流し込んで"いくしかありませんでした。
その土地産のワインのことをパパも含めてみんな"とても軽い"と言いますが、私には軽いどころか、少なくとも名前の分かるいくつかの銘柄より明らかに重いくらい。おまけに私は先刻、あのでくの棒さんたちと引き合わされた時にもうかなりの量を飲んでしまっていたときています。おかしなことに、いつもは私の振る舞いに何かとけちをつけたがるパパが、その晩に限っては私が際限もなく飲み過ぎるのを止めもしませんでした。もちろん普段と違ってママがいないのも一因だったでしょうけど、そのママにしてもグラスを二、三杯傾けただけで気分が悪くなることもしょっちゅうですが。今思えば、あの晩餐の席での私は酔いしれてある種忘我の心地に入っていたのではないかしら。食べ物は喉を通らないのに、ワインだけはどこまでもすんなりと流し込めるのでした。
それでもやがて、またもや私をベッドに――でなければママの看護に――追い払おうとするパパの催促がうるさく始まりました。けれど大量のワイン、それに私が戻るのを辛抱強く待っていてくれる友との約束のあとで、そんなばかげた言いつけなんか構う気になるものですか!とはいえそのためには、なんとかパパの手を逃れなくてはなりません。結局おとなしく言うことを聞く約束だけしてひとまず納得させると、次の瞬間にはそんな約束なぞきれいさっぱり忘れてしまうことにして、どうにかこうにか片を付けたのだったわ。幸いその晩はもうそれ以上パパと顔を合わせることはありませんでした。
いえ、正しくは翌朝伯爵夫人が起こしにきてくださるまで誰とも顔を合わせなかったというべきね――たった一人の例外を除いては。
微かに揺れるタペストリーとまわりの壁に張りめぐらされた幾枚もの小旗とが織りなす影の中にたたずんで、彼はもとの場所でひっそり私を待っていてくれました。ほんの一瞬とはいえ、今度は彼は私の手を取って固く握りしめたのでその指にこもる力がひしひしと伝わってきたわ。
* * * * * *
このブログもおそらくこれが今年最後の更新になるかと思います。お尋ねくださった皆様、一年間ありがとうございました。
私も最近結婚式やら忘年会やらリアルパーティー続きでちょっと疲れ気味(特に胃が)なので、パーティーの二日前ぐらいから体力温存のため休養とって、当日夜はさっさと引き上げたい彼女のママの気持ちが分かりすぎるほど分かります(笑) 体質なのか、アルコール入っても気分は素面と同じなのに疲労感だけどっと増すんですよ…。
「彼」はやっぱり普通の食事はしないんでしょうかね。それともろうそくの灯りでも光は苦手だから?律儀に部屋の隅で待っててくれてるところを想像するとなんだか笑えるんですが。
次回は→こちら
"Pages From a Young Girl's Journal"(抄訳)
「彼」の姿かたちを描き出すとなると、私のペンはふさわしい言葉を探すのにしばし止まってしまいます。背丈は人並み以上、ほっそりと優雅ながらも、その全身には驚嘆すべき力と強靭さがみなぎっているのが見て取れます。やや血の気にとぼしい肌の色に(敏感そうでかすかに震える鼻孔と組み合わさってはいますが)鷲のように鋭く堂々たる鼻梁、そして鮮紅色で情熱的(こうという他ありません)な唇。その口もとを一瞥するだけでも、私の脳裡には大海原や妙なる詩歌のおもかげが浮かぶのでした。たいそう長く繊細ながら、私自身あとで身をもって知ることになったように、握りしめれば強烈な力のこもる両の手の指。髪ははじめ漆黒かと思えましたが、よく見ると灰色、というよりはほとんど白いものが細かいレースにも似て縁取っていました。秀でた額は高く、貴族的です。こうして語っているのは人の子、それとも神のことなのかしら?我ながらわからなくなってしまいそう。
そして「彼」の話術といったら、私に言えるのはとうていこの世のものとは思えなかったということだけ。社交の集まりの場につきものの、その言葉本来の意味すらとどめていないような嫌らしいおべっかなんて、そこには微塵も存在していなかったわ。「彼」が語る事柄すべては(出会い頭の社交辞令はともかく)、私の内面深くにひそむ何かに語りかけ、さらに返答するにあたっては、自然に口をついて出てくるのはことごとく私が真に言いたかったことばかりだったのです。パパを筆頭とする男性相手にこんな風に会話がはずんだことは今だかつてなかったし、ごくわずかな例外を除けば女の人たちとだって同様でした。
どういうわけか、私たちがなにを話題にしていたのかははっきり思い出せないのだけれど、それは会話のあいだずっと付きまとっていた不思議な感覚のせいかもしれません。それはただ思い出せるというより、今こうしている最中も――全身でもって、私の内部に深く温かく沁みいり――変容していくのが感じとれる感覚なのです。いえ、本当は単なる"話題"などではなくて、生命、美、芸術、自然、そして私自身・・・その他もろもろ、俗世間でとどまるところを知らず繰り広げられる愚かなたわごとを除いた森羅万象の全てだったのかも。
「ことばというのは全く女性がたと縁のあるものです。」という彼の批評に、私はただ微笑んでみせるしかありませんでした。実際まごうかたなき真実ですものね。
ありがたいことに、ママはそれきりパーティーの場に戻ってはきませんでした。例の殿方たちにすれば、扱いに困るイギリス娘が自分たちの手を離れてくれてほっとしていたことでしょう。ママに代わって私のお目付け役をするべき伯爵夫人も、おそらくは私の意に沿わないよけいな干渉はせずにおこうと決められたのか、ずっと遠くの方におられたままでした。もしそうなら、それこそ私が夫人に望んだ通りのことだったのです。
やがて晩餐の時間になりました。なのに私を驚かせ、かつ悔しがらせたことには、わが友は(こう呼んでいいかしら)「席に着くのは遠慮させていただきたい」ですって。食欲がないという彼の弁解はまっとうな口実としては受け入れがたいものだったにせよ、あの言葉遣いをもってすればいつだって異議なんて消し飛んでしまいます。その上しごく真剣な様子でひしと見つめられ、必ず帰りを待っているから自分のエスコートなしで乗り切ってほしいと言い切られては、私だって一も二もなく状況を受け入れるよりほかありませんでした。でも本心では、私のほうも彼と同じくらいこの国の嫌な食べ物を口にする気分ではなかったけれど。
そういえばさっきは彼の目について書くのを抜かしてしまったわね、ろうそくのほのかな灯りのもとではほとんど真っ黒に近い暗さをたたえたあの美しくて魅力的な瞳のこと。その姿にもう一度視線を戻してしげしげと見ているうち、私はひょっとして彼は食卓のまばゆい灯火に全身をさらすことで、本当の年を悟られるのを恥ずかしがっているのではと思い当たりました。そういう見栄は別に女性に限られたものでないでしょうし、なにより彼はこちらの部屋の隅っこにいてさえ、光を増した食堂のほうから身を引いてちぢこまってでもいるように見えたのですもの。並外れた強靭さの印象にもかかわらず、それは彼のひときわ目立つ特徴でした。
私はそつなく一歩前に踏み出し、ひどく不安げでやむにやまれぬ様子で「戻ってきてくれますね?」と呼びかける彼に、落ち着き払って微笑みを返し歩み去ったのです。
するとたちまち私を捕まえにやって来たのはパパよ。パパは寝室に引き取ったママは、(私にはとっくに予想のついていたことですが)そのまま寝込んでしまったと話し、食事がすんだら私も上に行くようにと言いつけました。そうしながらパパは私を小突きつつ並んだテーブルの間を押し分けていって、席につかせた私にまるで七面鳥を太らせるみたいに食べ物を押し込もうとしてきました。さっきも書いた通り、あの時の私は自分と隣のパパが何を食べたかも覚えてないほど食欲不振だったというのに。仕方なく私は目の前の食物を、それが何であれダービシャー流の言い方をすれば(私にとっては)並々でない量のワインで"流し込んで"いくしかありませんでした。
その土地産のワインのことをパパも含めてみんな"とても軽い"と言いますが、私には軽いどころか、少なくとも名前の分かるいくつかの銘柄より明らかに重いくらい。おまけに私は先刻、あのでくの棒さんたちと引き合わされた時にもうかなりの量を飲んでしまっていたときています。おかしなことに、いつもは私の振る舞いに何かとけちをつけたがるパパが、その晩に限っては私が際限もなく飲み過ぎるのを止めもしませんでした。もちろん普段と違ってママがいないのも一因だったでしょうけど、そのママにしてもグラスを二、三杯傾けただけで気分が悪くなることもしょっちゅうですが。今思えば、あの晩餐の席での私は酔いしれてある種忘我の心地に入っていたのではないかしら。食べ物は喉を通らないのに、ワインだけはどこまでもすんなりと流し込めるのでした。
それでもやがて、またもや私をベッドに――でなければママの看護に――追い払おうとするパパの催促がうるさく始まりました。けれど大量のワイン、それに私が戻るのを辛抱強く待っていてくれる友との約束のあとで、そんなばかげた言いつけなんか構う気になるものですか!とはいえそのためには、なんとかパパの手を逃れなくてはなりません。結局おとなしく言うことを聞く約束だけしてひとまず納得させると、次の瞬間にはそんな約束なぞきれいさっぱり忘れてしまうことにして、どうにかこうにか片を付けたのだったわ。幸いその晩はもうそれ以上パパと顔を合わせることはありませんでした。
いえ、正しくは翌朝伯爵夫人が起こしにきてくださるまで誰とも顔を合わせなかったというべきね――たった一人の例外を除いては。
微かに揺れるタペストリーとまわりの壁に張りめぐらされた幾枚もの小旗とが織りなす影の中にたたずんで、彼はもとの場所でひっそり私を待っていてくれました。ほんの一瞬とはいえ、今度は彼は私の手を取って固く握りしめたのでその指にこもる力がひしひしと伝わってきたわ。
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このブログもおそらくこれが今年最後の更新になるかと思います。お尋ねくださった皆様、一年間ありがとうございました。
私も最近結婚式やら忘年会やらリアルパーティー続きでちょっと疲れ気味(特に胃が)なので、パーティーの二日前ぐらいから体力温存のため休養とって、当日夜はさっさと引き上げたい彼女のママの気持ちが分かりすぎるほど分かります(笑) 体質なのか、アルコール入っても気分は素面と同じなのに疲労感だけどっと増すんですよ…。
「彼」はやっぱり普通の食事はしないんでしょうかね。それともろうそくの灯りでも光は苦手だから?律儀に部屋の隅で待っててくれてるところを想像するとなんだか笑えるんですが。
次回は→こちら