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2016.01.19 23:36|怪奇幻想文学いろいろ
 遅ればせながら明けましておめでとうございます
 ますます更新が減るばかりで自分でも不甲斐なく思ってますが、細く長く続けていくことを目標にしておりますのでこれからもよろしくお願いします。

 ということで、新年最初の記事は干支にちなみ、サルを主役にした小説について。
 幻想文学に出てくる猿キャラクターといえば、トップはやはり「西遊記」の孫悟空でしょうか。ですが私にとっては「モルグ街の殺人」やレ・ファニュの「緑茶」、「猿の手」といった怪奇系作品のイメージが強いせいか、どうも得体の知れない不気味な存在というイメージがつきまとって離れないような…。そもそも動物園や曲芸で見る実物のサルも、種類を問わずなんとなく苦手なんですよね(申年生まれの方すいません)

 そんな風にサルにあんまり親しみの持てない私ではありますが、ウォルター・デ・ラ・メアの小説「ムルガーのはるかな旅」はサルが主役といえども好きな一冊。ちょうどいいタイミングですので、この機会に紹介させていただこうと思います。

 主人公はサム、シンブル、ノッドというサルの三兄弟。兄弟の父はサルの王国「ティッシュナーの谷」を治める王の弟という高貴な身分でしたが、放浪の末遠く離れた地で家庭を築いたのでした。しかし年とともに生まれ故郷を恋しく思うようになった父親は、ついに妻子を残しふたたび旅立ってしまいます。生きて祖国に辿り着けたなら、きっと立派な行列を引き連れて迎えにくると言い残して。
 ですが何の音沙汰もないまま年月は過ぎ、とうとう死の床についた母ザルは、「七年経っても迎えに来なければ、自分たちだけで後を追ってこい」という父のもう一つの言葉を伝えて息を引き取りました。その言いつけに従い、兄弟は生まれ育った森を離れて正しい道も分からないまま数々の危険が待ち受ける旅へ向かいます…。

 題名の”ムルガー”とは、この物語のサルたちがサル族全般をさして呼ぶ言葉。彼らは独自の言語をもつという設定になっており、作中の名詞の表記などもほぼそれに依っているのです(トールキンがエルフ語を創造したのを先取りしたようなものといえるのかもしれません)。サルの王族であるノッドたち三兄弟は「ムッラ(高貴な、王家の)・ムルガー」なる種族に属するし、彼らから見れば”ヒトザル”の人間は「ウームガー(ヒト)・ムルガー」と呼ばれるというふうに。
 
 慣れるまで多少読みづらいのは確かですが、このサル語、いやムルガー語は、人間とは異なった世界に属する彼らの自然や死生についての観念を読者に示すうえで大きな役割を果たしています。
 たとえば兄弟がめざす場所の名前「ティッシュナー」とは、もともとは自然界の美と神秘の意であり、またそこから動物たちが崇める精霊や女神をさす語ともして、全編にわたって繰り返されるモチーフとしての存在感を放ちます。この「ティッシュナー」、そしてその対極の、闇と死を体現する存在「ノーマ」とが絡みあって背景を織りなす世界観を抜きにしては、この作品は語れないといっても過言ではありません。兄弟たち、とりわけ不思議な力のある末っ子のノッドにとって「ティッシュナー」の名を持つ地への旅とは、その光と影の精たちが潜む領域により深く入り込んでいくことでもあり、それは時に生身の敵に出会う以上の試練となるのです。

 全体に漂うどこかひんやりと物悲しい雰囲気といい一種の無常感といい、冒険ものの王道的な熱い展開を期待して読み始めた最初こそ大きく予想を裏切られましたが、しだいにこの神秘的な世界観に引き込まれていきました。緻密で美しい文体の訳(脇明子氏)もひじょうに優れていて、巻末に脇氏の編による「ムルガー語」の小辞典がついているのもスムーズに読み進める助けになってくれます。

 なお、「ムルガーのはるかな旅」というのはハヤカワ文庫版、及び1990年代にそれを引き継ぐ形で出版された岩波少年文庫版での邦題で、それらより先の国書刊行会「世界幻想文学大系」第十巻には「三匹の高貴な猿」のタイトルで収録されています(原題はThe Three Royal Monkeys なので、こちらの方が直訳に近いわけですが)。ハヤカワ文庫版しか手元にないので直接の比較はできませんが、新しく出版されるたびにいくらか変更が加えられた改訳版になっているとのこと(カバー絵等に関しては下のAmazonリンクをご参照ください)

世界幻想文学大系版
ハヤカワ文庫版
岩波少年文庫版

 ところで、この作品の出版と翻訳の経緯を調べていて私としてはものすごく意外だった事実に気がつきました。岩波少年文庫からは脇氏版の前に、「サル王子の冒険」として劇作家・演出家の飯沢匡(いいざわただす)氏によるもう一つの日本語訳が出ていたそうなのですが、飯沢氏の名前で検索したところ記憶の底からよみがえったのが…。

ヤンボウニンボウトンボウ←Wikipediaリンク。
 
 実は小さいころ、三匹の兄弟ザルが父を追って旅に出るという「ムルガー」そっくりな設定のお話を読んだのをおぼろげに覚えていてずっと気になってたのですが、その作品とは飯沢氏がご自身で訳されたデ・ラ・メアの作品をもとに換骨奪胎した「ヤンボウニンボウトンボウ」だったわけです。元は1950年代のNHKラジオドラマ用に書かれた台本ということで(なお主役は超有名なあの方)、私が読んだのはそれをだいぶ後になっていわばノベライズしたものになるんでしょうか。
 とはいえクレジットも「原案」となっている通り、「ヤンボウ~」の内容はおおもとの設定以外はデ・ラ・メアとはほぼ別物で、小さい子どもにも楽しめる明るいトーンの活劇に仕上がっていたように思います。カバーイラストの画像を眺めたりしていたらちょっとずつ思い出してきましたが、赤い色好きのカラスの女の子(名前はトマトさん)とかなかなか強烈なキャラでした。

 「ヤンボウ~」は90年代に入ってアニメ化されていたこともこの度初めて知りました。しかしここだけの話、アニメ版のキャラデザはどれも人間っぽくデフォルメしすぎであんまり可愛くないと思ってしまった…。本のカバー絵のほうの兄弟はいかにも毛並みが良さそうで、デ・ラ・メアのムルガーたちにも通じるイメージで好きなんですけど。動物キャラクターはなるべく特徴とリアルさを残してデザインして欲しい派です(笑)

テーマ:ファンタジー小説
ジャンル:小説・文学

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