2016.11.30 20:56|怪奇幻想文学いろいろ|
国書刊行会の「ジャック・ヴァンス・トレジャリー」第二弾、憎めない小悪党キューゲルが活躍するピカレスク調ファンタジー「天界の眼」がつい先日発売されました。 だいぶ前、同じ中村融氏の訳による表題作の一作目をアンソロジーの「不死鳥の剣」(河出文庫。こちらもコナン、エルリック等ヒロイック・ファンタジーの傑作が粒揃いで入門にはお薦めの一冊です)で読んですっかり引き込まれてから、続きがまとまった形で訳出されるのを待ち望んだ作品集です。
主人公キューゲルの行く先もさることながら、何より興味を持ったのは「天界の眼」一編だけではあまり鮮明でない背景設定でした。解説で知ってからネットで調べてみたところ、彼を主人公とする連作は「死にゆく地球(ダイイング・アース)」というはるか未来を舞台にしたシリーズの一部で、同じ世界観を共有する作品群は全四冊の本にわたるとのこと。私はどういうわけか昔からホジスンの「ナイトランド」やC・A・スミスの「ゾティーク」はじめ、滅びかけの星や文明を扱った終末ものフィクションが好きでたまらないのです。そもそも現在そうした世界観のジャンルを指して「ダイイング・アース」というのも、ヴァンスのこのシリーズ名に由来しているそうですが。
1950年に刊行されたシリーズ最初の一作がこれから書く「終末期の赤い地球」、原題The Dying Earth で、これまで唯一邦訳が出版されていた作品でもあります(翻訳は日夏響氏という方)。私は一年ぐらい前にようやく入手できて読んだのですが、キューゲルの発売前にと見返していたらけっこう忘れている箇所が多いことに気がついたので、復習もかねて記事にしておくことにしました。
といってもキューゲルが登場する一連の作品とは物語上で直接のつながりはなく、あくまで同じ未来の地球が舞台というだけなので、こちらを先に読まないとまずいということはないはず。全体のトーンもピカレスク風とは異なり(その片鱗をうかがわせるキャラはいますが)、より正統派のヒロイック・ファンタジーに近いロマンティックな色合いが濃く出ています。
連作短編集であるこの作品は「魔術師マジリアン」「ミール城のトゥーリャン」「怒れる女ツサイス」「無宿者ライアーン」「夢の冒険者ウラン・ドール」「スフェールの求道者ガイアル」という六編から構成されています。ただしはじめの三編は内容的にもツサイスとツサインという「姉妹」を軸につながっており、出来事の順序としては「トゥーリャン」→「マジリアン」のはずが、なぜか邦訳版では逆の収録順になっていて、それに気が付かないまま冒頭から読んでいくと混乱しかねないのでご注意ください。
(↑かくいう私もすぐには分かりませんでしたけど。原書では時系列通り「ミール城のトゥーリャン」が最初に収録されているんですよね。)
太陽の寿命が尽きかけた遠未来、地球に生き残った人類のあいだでは失われた科学技術にかわって魔法が用いられるようになっている世界。ある土地では退廃的な文化が花開き、また別の場所では超文明都市の廃墟で、かつての住民の末裔たちが細々と原始的な生活を営んでいるのです。しかし「ナイトランド」のような荒涼とした闇の環境ではなく、また「ゾティーク」を覆う陰鬱な雰囲気とも異なって、ヴァンス独特のカラフルな色彩感にあふれた、むしろ消えゆく夕日のそれのような美をとどめている世界という印象でした。
特徴的な魔法システム(後述)がフィーチャーされ、昆虫を乗りこなす小人や人食い怪物のような異種族が跋扈する前半にもわくわくさせられますが、個人的に好みなのはかつての文明の名残という形でSF風味が入り込んでくる後半の二編。「ウラン・ドール」に出てくるエレベーターに動く歩道、大活躍する空中船というか空飛ぶ車(原語ではエアカーだったかと)等々のビジュアルは想像してみるとどんどんイメージが膨らんでいって楽しいです。「キューゲル」にもそんな面白いギミックがたくさん登場してくれると嬉しいんですが。
最後にこの作品の個性的な要素の一つである、魔法とその使い方に関する設定についても少し。TRPGの「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(D&D)で用いられる魔法の元ネタとして有名でもあります。
地球の黄昏にともなって魔法体系も衰退してしまい、全盛期には千以上あった呪文もいまや百種類ほどを残して失われてしまったという背景が語られているのですが、さらに呪文は複雑なため、かなり多くをマスターしている強力な魔術師でも同時に使えるのはそのうち数種類だけ。
一例をあげると、序盤のメインキャラの一人トゥーリャンがある目的のため異世界におもむこうとする場面。手持ちの呪文書にある呪文は「トゥーリャンの頭では一度に四種しか理解しがたい」(本文P32)ため、出発に際して役に立ちそうな四つをあらかじめ選ばなくてはなりません。いっぽう彼のライバル的存在マジリアンは百のうち七十三もの呪文を使えますが、それでも一度に覚えられるのは五つが限界のようです。
ちなみにトゥーリャンがこの時携行した呪文は異界に移動するのに使った「乱雲呼びおろし」の他、「無敵火炎放射術」、「ファンダールの魔法のマント」(姿を消す)、「時間遅滞」といった具合。他に名前が出てくるものには「活力持続」、「球状排撃」などがあります。(私も一応D&D初心者なので心当たりあるんですけど...時には当てがはずれてたいして使えない呪文選んじゃったりするんでしょう。でも上のはどれも便利そうですね。)
残念ながら絶版になって久しい本ですが、最近電子書籍として復刊されたので環境さえあればいつでも読むことができます。私は紙の本好きだしそもそも端末持ってないので、そこそこ安くなっているのを見つけた時に少し奮発して手に入れましたが。「キューゲル」が面白かった方はこちらもぜひどうぞ。
→Amazonリンク(kindle版)
追記:自作のキャラクターでダイイング・アースの世界を冒険できるゲーム、The Dying Earth RPGのクイックスタートをネットで見つけたので試しにキャラだけ作ってみました。その過程を記事で再現してみたので興味を持たれた方はこちらもどうぞ。
→ヴァンス原作The Dying Earth RPG のキャラクターを作ってみた(前編)
→ヴァンス原作The Dying Earth RPG のキャラクターを作ってみた(後編)
主人公キューゲルの行く先もさることながら、何より興味を持ったのは「天界の眼」一編だけではあまり鮮明でない背景設定でした。解説で知ってからネットで調べてみたところ、彼を主人公とする連作は「死にゆく地球(ダイイング・アース)」というはるか未来を舞台にしたシリーズの一部で、同じ世界観を共有する作品群は全四冊の本にわたるとのこと。私はどういうわけか昔からホジスンの「ナイトランド」やC・A・スミスの「ゾティーク」はじめ、滅びかけの星や文明を扱った終末ものフィクションが好きでたまらないのです。そもそも現在そうした世界観のジャンルを指して「ダイイング・アース」というのも、ヴァンスのこのシリーズ名に由来しているそうですが。
1950年に刊行されたシリーズ最初の一作がこれから書く「終末期の赤い地球」、原題The Dying Earth で、これまで唯一邦訳が出版されていた作品でもあります(翻訳は日夏響氏という方)。私は一年ぐらい前にようやく入手できて読んだのですが、キューゲルの発売前にと見返していたらけっこう忘れている箇所が多いことに気がついたので、復習もかねて記事にしておくことにしました。
といってもキューゲルが登場する一連の作品とは物語上で直接のつながりはなく、あくまで同じ未来の地球が舞台というだけなので、こちらを先に読まないとまずいということはないはず。全体のトーンもピカレスク風とは異なり(その片鱗をうかがわせるキャラはいますが)、より正統派のヒロイック・ファンタジーに近いロマンティックな色合いが濃く出ています。
連作短編集であるこの作品は「魔術師マジリアン」「ミール城のトゥーリャン」「怒れる女ツサイス」「無宿者ライアーン」「夢の冒険者ウラン・ドール」「スフェールの求道者ガイアル」という六編から構成されています。ただしはじめの三編は内容的にもツサイスとツサインという「姉妹」を軸につながっており、出来事の順序としては「トゥーリャン」→「マジリアン」のはずが、なぜか邦訳版では逆の収録順になっていて、それに気が付かないまま冒頭から読んでいくと混乱しかねないのでご注意ください。
(↑かくいう私もすぐには分かりませんでしたけど。原書では時系列通り「ミール城のトゥーリャン」が最初に収録されているんですよね。)
太陽の寿命が尽きかけた遠未来、地球に生き残った人類のあいだでは失われた科学技術にかわって魔法が用いられるようになっている世界。ある土地では退廃的な文化が花開き、また別の場所では超文明都市の廃墟で、かつての住民の末裔たちが細々と原始的な生活を営んでいるのです。しかし「ナイトランド」のような荒涼とした闇の環境ではなく、また「ゾティーク」を覆う陰鬱な雰囲気とも異なって、ヴァンス独特のカラフルな色彩感にあふれた、むしろ消えゆく夕日のそれのような美をとどめている世界という印象でした。
特徴的な魔法システム(後述)がフィーチャーされ、昆虫を乗りこなす小人や人食い怪物のような異種族が跋扈する前半にもわくわくさせられますが、個人的に好みなのはかつての文明の名残という形でSF風味が入り込んでくる後半の二編。「ウラン・ドール」に出てくるエレベーターに動く歩道、大活躍する空中船というか空飛ぶ車(原語ではエアカーだったかと)等々のビジュアルは想像してみるとどんどんイメージが膨らんでいって楽しいです。「キューゲル」にもそんな面白いギミックがたくさん登場してくれると嬉しいんですが。
最後にこの作品の個性的な要素の一つである、魔法とその使い方に関する設定についても少し。TRPGの「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(D&D)で用いられる魔法の元ネタとして有名でもあります。
地球の黄昏にともなって魔法体系も衰退してしまい、全盛期には千以上あった呪文もいまや百種類ほどを残して失われてしまったという背景が語られているのですが、さらに呪文は複雑なため、かなり多くをマスターしている強力な魔術師でも同時に使えるのはそのうち数種類だけ。
一例をあげると、序盤のメインキャラの一人トゥーリャンがある目的のため異世界におもむこうとする場面。手持ちの呪文書にある呪文は「トゥーリャンの頭では一度に四種しか理解しがたい」(本文P32)ため、出発に際して役に立ちそうな四つをあらかじめ選ばなくてはなりません。いっぽう彼のライバル的存在マジリアンは百のうち七十三もの呪文を使えますが、それでも一度に覚えられるのは五つが限界のようです。
ちなみにトゥーリャンがこの時携行した呪文は異界に移動するのに使った「乱雲呼びおろし」の他、「無敵火炎放射術」、「ファンダールの魔法のマント」(姿を消す)、「時間遅滞」といった具合。他に名前が出てくるものには「活力持続」、「球状排撃」などがあります。(私も一応D&D初心者なので心当たりあるんですけど...時には当てがはずれてたいして使えない呪文選んじゃったりするんでしょう。でも上のはどれも便利そうですね。)
残念ながら絶版になって久しい本ですが、最近電子書籍として復刊されたので環境さえあればいつでも読むことができます。私は紙の本好きだしそもそも端末持ってないので、そこそこ安くなっているのを見つけた時に少し奮発して手に入れましたが。「キューゲル」が面白かった方はこちらもぜひどうぞ。
→Amazonリンク(kindle版)
追記:自作のキャラクターでダイイング・アースの世界を冒険できるゲーム、The Dying Earth RPGのクイックスタートをネットで見つけたので試しにキャラだけ作ってみました。その過程を記事で再現してみたので興味を持たれた方はこちらもどうぞ。
→ヴァンス原作The Dying Earth RPG のキャラクターを作ってみた(前編)
→ヴァンス原作The Dying Earth RPG のキャラクターを作ってみた(後編)