fc2ブログ
2017.05.09 08:21|怪奇幻想文学いろいろ
 間が空きすぎましたが、前回(←記事リンク)紹介しきれなかったアーカム・ハウス叢書、マンリー・ウェイド・ウェルマンの「悪魔なんかこわくない」の内容について。(図書館の本なので一旦返してまた借り直してきました)    

916I-MRTD.jpg ←謎なシチュエーションの例のカバー絵。真ん中が主人公シルバー・ジョンさん

 アパラチア山脈一帯を舞台に、魔除けの力を持つ音を奏でる銀の弦のギターと旅する放浪の歌い手「シルバー・ジョン」が行く先々で遭遇した怪奇を語ってきかせる物語集。
 この「山」と「歌」というテーマは全編をつらぬく主題となっており、ある意味背景にとどまらない影の主役的な存在といえるのかもしれません。そうした特色からしても「アメリカ版遠野物語」とでも呼びたくなるような、ひじょうに土俗性の強い作風に仕上がっています。

 ほぼ執筆と同じ1960年頃(作中で正確な年代は明言されませんが、朝鮮戦争からの帰還兵という登場人物がいるのでおそらく50年代後半以降と思われます)という比較的新しい時代設定にもかかわらず、舞台となる山間には時代の移り変わりがほとんど存在しないかのよう。この辺りがまた「遠野物語」っぽさを感じる所以でもあるのですが、古い伝承がいまだ日常に息づき、異形の者たちが人間社会のすぐ側に潜んでいる一種の異界です。
 
 そうした土地の「民話」に相当するのが、かつての出来事や言い伝えをもとに作られ歌い継がれてきた歌、いわゆるカントリー・ソングで、各地でそれらの歌を収集するのが主人公ジョンの旅の最大の目的でもあります。歌というのはここでは単なる娯楽ではなく、物語を語り伝える媒体であり、さらには良きにつけ悪しきにつけ言霊的な力を持つ呪文ともなる、大きな役割を担うものとして扱われているのです。
※もっとも、この主人公いきなり第一話から敵をギターで物理攻撃(ぶっ叩く)するキャラでもあるのでその辺は大目に見てください
 
 生憎このジャンルの音楽について詳しくない私にも、いつの間にか山あいに響くメロディーが聞こえる気がしてくるような曲と風景の語り口はどの話でも見事のひと言。アメリカ、特にアパラチア地方一帯のカントリー音楽に親しんでいる人だったらより一層楽しめるのは間違いないと思います。
 
 「カントリー・ミュージックがバックの怪奇譚」というといまいち恐怖感を煽りませんが、四方を取りまく深山の時にはおどろおどろしくさえある存在感のおかげで、これが本気で怖がらせにくるところになると実に不気味なんです。
 なかでも怪談として秀逸に感じたのは、オーナーが殺され廃線になって久しい山間の鉄道をめぐる因縁話「黒い小さな汽車」、廃坑に眠る「いにしえびと」(ちょっとR.E.ハワードの蛇人間的な存在)の財宝探しに巻き込まれる顛末「松林のなかのおののき」、暗い情念が絡みあう過去の事件が豪雨の山小屋で清算される「沈黙の食事」など。特に「小さな黒い汽車」は、クライマックスへ向かい突き進んでゆく中での歌の使われ方が抜群に効果的でした(あとバーベキューのシーンが美味しそう)。

 ホラー路線からは外れますが、もう一つ気に入りの話は「山のごとく歩む」。ジョンが訪ねていくのは高い峰を切り開いた村、そこからさらに滝の絶壁をよじ登った上には巨人のような大男のすみか…というそれだけでもスリル感溢れるセッティングと、収録作のうちでも群を抜いて爽やかなラストとの組み合わせが気持ちいい一話です。
  そういえばここに出てくる巨人男は、アメリカの伝統的ほら話(トール・テール)に出てくる巨人木こり"ポール・バニヤン"をモチーフにしていると思しきキャラなのですが、そんなほら話の流れを汲む毒のないユーモアが端々に感じられるのも魅力の一つ。とりわけ各話の前に据えられている、独立した内容の1ページ強ほどの小咄("スケッチ")がそれをよく体現しており、本編に劣らぬ面白さがあります。

 どの話も明快な筋運びで後味も悪くないし、カバー絵が与える印象と違い(笑)、怪奇小説としてはかなり読みやすく万人に薦められるタイプに属するのではと思います。とはいえ、現状では入手の面でとても手に取りやすいとはいえませんから、ぜひどこかで復刊していただけないものでしょうか(あ、表紙デザインはオリジナルのままで) その際には後から書かれたためアーカム・ハウスの初版に含まれなかったぶんの短編も追加でお願いします。
 
(↑というのも「シルバー・ジョン」シリーズはこの一冊で終わりではなく、さらに短編と"スケッチ"がいくつか、それに長編小説が五冊も出ているとのこと。未収録短編の一つ「昼、梟の鳴くところ」はハヤカワのアンソロジー、「闇の展覧会―霧」に収録されており、実は私もこちらをアーカムハウス叢書より先に読んでたのですが、同じシリーズと思えないくらい訳調が違うのが難。)

 それにこの記事を書こうと調べていて初めて知ったんですけど、ウェルマンの創りだしたもう一人のジョン、「ジョン・サンストーン」のシリーズをナイトランド叢書で出す予定があるとか。もちろんそっちも楽しみですが、国書刊行会版ウィアード・テールズに入っている「サンストーン」の一編を読んだ限りでは、この二つのシリーズかなり相似点が多い気がするので、ちょっと前の私みたいに両者がごっちゃになる人が出るんじゃないかと余計な心配をしたくなります。やっぱり混同を避けるためにもここは両方読めるようにしましょうよ~。

テーマ:海外小説・翻訳本
ジャンル:小説・文学

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール

eHolly

Author:eHolly
筆不精にも関わらずメモ帳代わりとして始めてしまったブログ。
小説や音楽の感想・紹介、時には猫や植物のことも。
ツイッター@SnowyHolly16

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

FC2カウンター

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
1256位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
183位
アクセスランキングを見る>>

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR