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2018.06.15 22:54|ホジスン
 本当に久しぶりに"ホジスン″のタグを付けての作品紹介をひとつ。
 といってもホジスン本人の作ではなく、ホラー&ダークファンタジー専門誌「ナイトランド・クォータリー」の前回号(vol.12)掲載の「〈マインツ詩篇〉号の航海」という短編で、作者はベルギー人でホジスンより十歳下のジャン・レイ(レー)。
 
 「不可知の領域―コズミック・ホラー―」という号の特集テーマにふさわしく、異次元の海域へと引き込まれてしまった一隻の帆船とその乗組員たちを襲う恐怖を描いた海洋奇譚です。
 この「呪われた異界への航海」というモチーフは、コールリッジの「老水夫行」やポーの「アーサー・ゴードン・ピム」のような古典を代表格に一つの類型となっている感がありますが、末尾の解説にもあるとおり、構成やストーリー展開は何よりホジスンの「幽霊海賊」を思わせます。
(面白いことに、作品のタイトルかつ舞台となる船「〈マインツ詩篇〉号」が建造されたのは1909年とされていますが、これはちょうど「幽霊海賊」が出版された年でもあるのは単なる偶然でしょうか? ちなみに、一説ではレイはホジスンと同様一時期船乗りとして海で過ごした経験ありだとか)


 (あらすじ) ※中盤までのネタバレを含むので、未読の方はご注意ください
 
 

 
 船乗りバリスターはリヴァプールの酒場で出会った見知らぬ男(作中では"教師″としか呼ばれません)から、彼が入手して間もない小型スクーナー船の船長として雇い入れられます。
 男の語るところでは、一年前亡くなった大叔父から遺贈された古書の中に十五世紀の稀覯本「マインツ詩篇」を見つけ、それを売却して船の購入と航海準備にあてたとのこと。そうした経緯を記念して「〈マインツ詩篇〉号」と名を改めた船で、あくまで「科学的な目的」のため、海の難所として恐れられているスコットランド北西岸のある湾を目指したいというのでした。

 先に集められていた他の乗組員五人を加えて船出した「〈マインツ詩篇〉号」は、かろうじて危険海域をかいくぐり目的の湾に錨を下ろします。停泊中姿を見せない"教師″をよそに、平穏なひと時を満喫する船員たち。
 その安寧を破ったのは、ある朝突如として内陸の崖から船に浴びせられた銃撃でした。ところが反撃するまでもなく、謎の狙撃手たちは一同の眼前で次々と不可解な転落死をとげていきます。そして直後に断崖を降りてきたのは、他ならぬ"教師″その人でした。

 
 再び外海をさして出航した「〈マインツ詩篇〉号」ですが、船員たちは船に忍び寄る異様な気配に気づき始めていました。一斉に皆を襲った吐き気、急に姿を消した水鳥たち、船倉から逃げ出して海に飛び込むネズミの群れ、不気味な色に染まる海面... ついに不安の声が噴出し、一同は"教師″を問い質そうとしますが、その姿は不可解にも船上から消え失せていたのです。

 そして乗組員の一人ジェルウィンに空を見るよう促されたバリスターは、さらなる恐ろしい事実を悟るのでした。見慣れた星座とは似ても似つかぬ幾何学模様の星々が空に広がるこの海は、すでに地球上のものではないということに...。他の船員たちと異なり教育のあるジェルウィンは、船は"教師″によって何らかの手段で異次元世界に転移させられてしまったのではと見解を述べます。

 二人は皆を動揺させないよう自分達の置かれた状況については伏せておくことにし、士気を上げようとその晩は全員で集まって陽気に過ごします。しかし謎の襲撃にあい、立てつづけに二名の仲間が犠牲に。慄然としつつ夜の海を眺めるバリスターですが、船べりから身を乗り出した時、そこに目にしたのは想像を絶する光景だったのです...


 
 以前書いた「幽霊海賊」のあらすじと読み比べると、ある点で非常によく似ているのがお分かりいただけるかと思います。
 
 もっともこちらの作品は短編でテンポ良く進むこともあり、ジェットコースター的と呼びたくなるような後半の急展開など、「幽霊海賊」のじわじわ包み込むように醸成されてゆく恐怖とはまた違った迫力。終始曖昧模糊とした「幽霊海賊」の怪異と比べると、読者の脳裡に鮮烈なイメージを浮かびあがらせずにはおかないスペクタクル感が強く出ています。とりわけバリスターが海中に見た異界の光景は(何だったのかは書かないでおきますが)、このシーン一瞬のためだけにでもフルCGで映像化してほしいと思ったほど怖ろしくも惹きつけられるものでした。
 また出番の割にはキャラが立っており親しみの湧く仲間たちの存在、それと対照的に得体の知れない"教師″の不気味さなども物語に味わいを添えており、海の感触とコズミックホラーの不可思議さとが絶妙にブレンドされた、まさしく「海洋幻想文学」と呼ぶのにふさわしい一編という感想です。
 
 なお「マインツ詩篇」(Mainz Psalter)なる稀覯本の存在は寡聞にして知りませんでしたが、調べたら作中の説明どおり、1457年にグーテンベルク聖書に続いて世界で二番目に印刷された活字本というれっきとした実在の古書だったのでした。この初版本で完全な形で現存しているのは世界でもわずか十点だけらしく、高値がつくのも納得というものです。
 しかしこの本にちなんだ船名、危険予知能力(実際これが侮れない)持ちの乗組員に「大きな悪意が潜んでいる」と怖がられるのはなぜなんでしょう。書物自体には別段禍々しい謂れがある訳ではないようですが...。
 
 幾つかはデジタル化されておりネット上でも見られます。 →英国王ジョージ三世が所有していたWindsor copyと呼ばれる版

 これ始め謎がほとんど謎のまま終わってしまうのには流石に消化不良感が否めませんでしたが、謎の異次元存在との接触を図った教師がそこに行く手段兼生贄として船と乗組員たちを用意したということなのか?(COC的思考…というかアルデバランやら頭と両腕の取れる人形やらが出てくるとどうしてもクトゥルフが脳裏をよぎってしまいます)
 まあ少し前読んだレイの別作品「夜の主」(ベルギー幻想短編集「幻想の坩堝」収録)などこれ以上に理解の追いつき難い作品でしたので、人の意識の深層よりは完全にその埒外にあるコズミック・ホラーの方がホラー・エンターテイメントとしては悩まず楽しめるものなのかもしれません(笑)

  ところで最近このブログと同じ名義でツイッターのアカウント作りました。SNSへのまめな投稿ができない性分ですから自分でもどうなることか未知数ですが、時折ブログに書ききれないちょっとした話題などつぶやければと考えてます。アカウント名はプロフィールに記載してありますので(アイコンはうちの黒白猫)、もし見かけることでもあればあーあのブログの人だと思い出してやって下さい。

テーマ:海外小説・翻訳本
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タグ:ウィリアム・ホープ・ホジスン

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