「見えざる町キーテジと乙女フェヴローニャの物語」 初DVD化
2012.11.23 01:48|音楽鑑賞(主にオペラ)|
二月にこのオペラのアムステルダムでの上演について書いたとき、ソフト化してくれないかなと言ってた映像が本当にそのすぐ後DVDで発売されました。同一音源のCDもありますが、値段的にもこちらのほうが安いくらいですし、少しでもこの作品に関心のある方なら舞台つきでの観賞のほうが楽しめるのではないでしょうか。
全四幕を二枚組に分けての収録、字幕は英語のみです。
2008年、イタリアのサルデーニャ島カリアリの歌劇場でのライヴ。オケと合唱は座付きのメンバーですが、モスクワのボリショイ劇場で上演されたプロダクションを持ってきたもののようで、指揮者やソリストの大半もボリショイから客演しています。
演出を手がけたエイムンタス・ネクロシウスはリトアニア出身で、バルト三国やロシアの演劇界では相当の知名度を誇る人とのこと。名前からしてダークファンタジーに出てくる魔導士みたいだけれど、YouTubeにある作品のクリップをいくつか見てみるとオペラもストレートプレイも暗く幻想的で、どこか現実から遊離したような雰囲気が漂う舞台です。
モンゴルのロシア侵攻という史実に基づきながらも、滅ぼされた町が住民もろとも異界で甦るという奇蹟で幕を閉じる「キーテジ」というオペラは、こうした作風を生かすにはうってつけでしょう。
説明的ではないものの本来の筋を改変したり妙なアイディアをねじ込むようなこともせず、基本は台本に忠実。Amazonの海外レビューで言われているように、一部ではセットが陰鬱で地味すぎると不評のようですが、演出家と作品双方の個性がよくマッチした独特の魅力があって私は嫌いではありません。
唯一の比較対象であるブレゲンツ音楽祭のクプファー演出(市販はされてない録画ソフトを取り寄せて見たもの)がどこか寒々しかったのに比べると、こちらは同じく地味でも、より音楽に合ったノスタルジックな柔らかさがあって舞台装置だけからの印象ほど陰気でもなかったです。場面によってはちょっとほのぼのした雰囲気さえありますし。
ネクロシウスの演出がとりわけ効果をあげているのはフェヴローニャが最期を迎え、先に戦死した婚約者の王子に導かれて「見えざる町」となったキーテジに至る終幕。黒衣の女性の一群が網のように絡まりあった糸を手にして現れ、王子が現れるとそれを次々とフェヴローニャの頭から肩へとかぶせてゆきます。花嫁のヴェールのようで美しいのですが、同時に彼女を死へと絡め取っていく運命の女神たちの糸をも思わせる不気味さも。
あくまで憶測に過ぎませんが、この演出では(死へと導く)「運命の糸」というのが全体を貫くモチーフになっているのではないかと思います。幕開けで王子とフェヴローニャが出会った森の小屋には糸を張った機のような道具が置いてあったし、キーテジへの道案内をつとめる鳥の精たち、アルコノストとシリン が場面転換のとき下ろされる幕に縫い取りをしているのもそれに絡めているのかもしれません。
そしてたどり着いたキーテジの都では、登場人物たちはみな(それまでと比べれば)立派な柄入りの衣装に身を包んでいます。しかし、よく見るとその模様は遺影を思わせる無数の顔写真をはめ込んだもので、さらに背中側は真っ黒く、幕切れの大団円と同時に人々が客席に背を向けると舞台は黒一色に。
死の国での幸福とその影で現実に起きた悲劇をコインの表裏のように示すこのラスト、なんだか言葉にできない余韻を残すものでした。
しかしこの演出が生きたのは、二、三幕の前半除けばほぼ出ずっぱりのフェヴローニャ役、モノガローワのおかげも大きいでしょう。最初こそちょっと違和感を感じた暗く強めの声も、物語が進むにつれて芯の強さを見せるフェヴローニャには次第にふさわしくなっていき、前述の死を悟って歌うモノローグでの役と一体になったような渾身の歌唱は全曲中の白眉。そしてこれ見よがしな悲劇の聖女というのではなく、時に子供っぽさものぞかせる、共感と親しみのもてるヒロイン像を創りあげた演技はさらに説得力のあるものでした。
喉から押し出すような発声で外見含めもっさりした王子様が難だけれど (そもそもこの役が格好よく歌われているのを聞いたことがない)人の良さそうな雰囲気のせいか、フェヴローニャとの絡みはなんだか微笑ましくて最後には許せてしまったような。
もう一人のテノールで信念の弱さから最後は一人現世に取り残されてしまうグリーシュカは王子と同じくらい重要な役どころなのに、歌手の人自体は無難にこなしているものの演出が役を描ききれていない印象。フェヴローニャというキャラクターと対になる存在として、もっとこの役の内面の葛藤を強調してもよかったのではとも思います。
その他の配役ではロシア物らしく大勢の男声低音陣が手堅く脇を固めているのに加え、小姓とアルコノストとシリンを演じた女声三人が表情の豊かさもあってより印象的でした。
指揮は当時ボリショイの音楽監督だったアレクサンドル・ヴェデルニコフ。三幕はじめのキーテジの群集に敵襲が告げられるところなどやや緊迫感に欠けるのが残念ですが、全体としてはよくまとまったいい仕事をしています。オーケストラと合唱団も、ロシア以外ではほとんど上演されないレア作品への初挑戦としては大健闘でしょう。何はともあれ、初の映像ソフト化ということに感謝したいです。
出演(同一音源のCD国内版紹介のページに一部付け加えて転載させていただきました)
ユーリー・フセーヴォロドヴィチ公…ミハイル・カザコフ(バス)
フセーヴォロド・ユーリエヴィチ皇子…ヴィタリー・パンフィロフ(テノール)
フェヴローニャ…タティアナ・モノガロワ(ソプラノ)
グリーシカ・クテリマ…ミハイル・グブスキー(テノール)
フョードル・ポヤーロク…ゲヴォルク・ホコブヤン(バリトン)
少年兵…マリカ・グロルダーヴァ(メゾ・ソプラノ)
2人の貴族…ジャンルカ・フローリス(テノール)・マレク・カルバス(バス)
グースリ弾き…リッカルド・フェラーリ(バス)
熊使い…ステファノ・コンソリーニ(テノール)
ベデャイ…ヴァレリー・グリマノフ(バス)
ブルンダイ…アレクサンダー・ナウメンコ(バス)
アルコノスト…エレナ・マニスティーナ(メゾ・ソプラノ)
シリン…ロザンナ・サヴォイア(ソプラノ)
カリアリ劇場管弦楽団&合唱団
アレクサンドル・ヴェデルニコフ(指揮)
![]() | Legend of the Invisible City of Kitezh [DVD] [Import] (2011/12/13) Rimsky-Korsakov、Andreyevich 他 商品詳細を見る |
2008年、イタリアのサルデーニャ島カリアリの歌劇場でのライヴ。オケと合唱は座付きのメンバーですが、モスクワのボリショイ劇場で上演されたプロダクションを持ってきたもののようで、指揮者やソリストの大半もボリショイから客演しています。
演出を手がけたエイムンタス・ネクロシウスはリトアニア出身で、バルト三国やロシアの演劇界では相当の知名度を誇る人とのこと。名前からしてダークファンタジーに出てくる魔導士みたいだけれど、YouTubeにある作品のクリップをいくつか見てみるとオペラもストレートプレイも暗く幻想的で、どこか現実から遊離したような雰囲気が漂う舞台です。
モンゴルのロシア侵攻という史実に基づきながらも、滅ぼされた町が住民もろとも異界で甦るという奇蹟で幕を閉じる「キーテジ」というオペラは、こうした作風を生かすにはうってつけでしょう。
説明的ではないものの本来の筋を改変したり妙なアイディアをねじ込むようなこともせず、基本は台本に忠実。Amazonの海外レビューで言われているように、一部ではセットが陰鬱で地味すぎると不評のようですが、演出家と作品双方の個性がよくマッチした独特の魅力があって私は嫌いではありません。
唯一の比較対象であるブレゲンツ音楽祭のクプファー演出(市販はされてない録画ソフトを取り寄せて見たもの)がどこか寒々しかったのに比べると、こちらは同じく地味でも、より音楽に合ったノスタルジックな柔らかさがあって舞台装置だけからの印象ほど陰気でもなかったです。場面によってはちょっとほのぼのした雰囲気さえありますし。
ネクロシウスの演出がとりわけ効果をあげているのはフェヴローニャが最期を迎え、先に戦死した婚約者の王子に導かれて「見えざる町」となったキーテジに至る終幕。黒衣の女性の一群が網のように絡まりあった糸を手にして現れ、王子が現れるとそれを次々とフェヴローニャの頭から肩へとかぶせてゆきます。花嫁のヴェールのようで美しいのですが、同時に彼女を死へと絡め取っていく運命の女神たちの糸をも思わせる不気味さも。
あくまで憶測に過ぎませんが、この演出では(死へと導く)「運命の糸」というのが全体を貫くモチーフになっているのではないかと思います。幕開けで王子とフェヴローニャが出会った森の小屋には糸を張った機のような道具が置いてあったし、キーテジへの道案内をつとめる鳥の精たち、アルコノストとシリン が場面転換のとき下ろされる幕に縫い取りをしているのもそれに絡めているのかもしれません。
そしてたどり着いたキーテジの都では、登場人物たちはみな(それまでと比べれば)立派な柄入りの衣装に身を包んでいます。しかし、よく見るとその模様は遺影を思わせる無数の顔写真をはめ込んだもので、さらに背中側は真っ黒く、幕切れの大団円と同時に人々が客席に背を向けると舞台は黒一色に。
死の国での幸福とその影で現実に起きた悲劇をコインの表裏のように示すこのラスト、なんだか言葉にできない余韻を残すものでした。
しかしこの演出が生きたのは、二、三幕の前半除けばほぼ出ずっぱりのフェヴローニャ役、モノガローワのおかげも大きいでしょう。最初こそちょっと違和感を感じた暗く強めの声も、物語が進むにつれて芯の強さを見せるフェヴローニャには次第にふさわしくなっていき、前述の死を悟って歌うモノローグでの役と一体になったような渾身の歌唱は全曲中の白眉。そしてこれ見よがしな悲劇の聖女というのではなく、時に子供っぽさものぞかせる、共感と親しみのもてるヒロイン像を創りあげた演技はさらに説得力のあるものでした。
喉から押し出すような発声で外見含めもっさりした王子様が難だけれど (そもそもこの役が格好よく歌われているのを聞いたことがない)人の良さそうな雰囲気のせいか、フェヴローニャとの絡みはなんだか微笑ましくて最後には許せてしまったような。
もう一人のテノールで信念の弱さから最後は一人現世に取り残されてしまうグリーシュカは王子と同じくらい重要な役どころなのに、歌手の人自体は無難にこなしているものの演出が役を描ききれていない印象。フェヴローニャというキャラクターと対になる存在として、もっとこの役の内面の葛藤を強調してもよかったのではとも思います。
その他の配役ではロシア物らしく大勢の男声低音陣が手堅く脇を固めているのに加え、小姓とアルコノストとシリンを演じた女声三人が表情の豊かさもあってより印象的でした。
指揮は当時ボリショイの音楽監督だったアレクサンドル・ヴェデルニコフ。三幕はじめのキーテジの群集に敵襲が告げられるところなどやや緊迫感に欠けるのが残念ですが、全体としてはよくまとまったいい仕事をしています。オーケストラと合唱団も、ロシア以外ではほとんど上演されないレア作品への初挑戦としては大健闘でしょう。何はともあれ、初の映像ソフト化ということに感謝したいです。
出演(同一音源のCD国内版紹介のページに一部付け加えて転載させていただきました)
ユーリー・フセーヴォロドヴィチ公…ミハイル・カザコフ(バス)
フセーヴォロド・ユーリエヴィチ皇子…ヴィタリー・パンフィロフ(テノール)
フェヴローニャ…タティアナ・モノガロワ(ソプラノ)
グリーシカ・クテリマ…ミハイル・グブスキー(テノール)
フョードル・ポヤーロク…ゲヴォルク・ホコブヤン(バリトン)
少年兵…マリカ・グロルダーヴァ(メゾ・ソプラノ)
2人の貴族…ジャンルカ・フローリス(テノール)・マレク・カルバス(バス)
グースリ弾き…リッカルド・フェラーリ(バス)
熊使い…ステファノ・コンソリーニ(テノール)
ベデャイ…ヴァレリー・グリマノフ(バス)
ブルンダイ…アレクサンダー・ナウメンコ(バス)
アルコノスト…エレナ・マニスティーナ(メゾ・ソプラノ)
シリン…ロザンナ・サヴォイア(ソプラノ)
カリアリ劇場管弦楽団&合唱団
アレクサンドル・ヴェデルニコフ(指揮)
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