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怖すぎる人形の家の話 ― ロバート・エイクマン 「奥の部屋」

2013.03.04 21:55|怪奇幻想文学いろいろ
 昨日の雛祭りで思い出した、これまで読んだ中では一番ぞっとした人形のお話の紹介。

奥の部屋 (魔法の本棚)奥の部屋 (魔法の本棚)
(1997/10)
ロバート エイクマン

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 英国の怪奇小説作家、ロバート・エイクマン(Robert Aickman)の短編集で、これまでにも取り上げたことがある「魔法の本棚」シリーズ六巻のうちの一冊です。
 エイクマンの作品は短編にしてはやや長めのことが多く、したがって収録されている本数も他のシリーズに比べると少ない五作(「学友」・「髪を束ねて」・「待合室」・「恍惚」・「奥の部屋」)。人形の話というのは最後の表題作「奥の部屋」のこと。

「徒歩旅行の途中で迷い込んだ古い屋敷は、昔買ってもらった人形の家にそっくりだった…」(紹介文) 

 語り手の女性の回想で始まる物語。1921年の夏、まだ子供だった彼女は誕生日に両親と弟の一家四人で海に出かけました。ですが途中でエンジンが故障してしまい、両親は仕方なく車を最寄りのガレージに預け、娘にはその町でバースデープレゼントを買ってやることにします。
 入った薄汚れた雑貨屋で、彼女がねだったのは古びているものの大きく豪華な人形の家。しかし買ってもらったまでは良かったのですが、自宅の一室に据え付けられたその家を調べるうちに色々奇妙なことに気づいたのです。

 窓から室内は覗けても内部を開く方法がわからない上、中にいる女性ばかり九体の人形は皆こちらに背を向けていて顔が見えません。それに店で見た時、もう一体窓辺にいたはずの人形はどこに行ってしまったのか…。子供ながらに頭を悩ませているうち、夢にまで人形の家とその住人達のことがつきまとい始め、気味悪くなった彼女はやがてそれに触れようとしなくなりました。
 さらには学校の宿題で人形屋敷の間取りを測っていた弟が、夕食の席であの家には一箇所どうしても計算の合わない箇所、たとえば隠し部屋のような部分があるんじゃないかと言い出します。母親もそれを確かめに行き、翌日になると人形の家は忽然と姿を消していました。

 その後、一家は次々と不幸な形で離散。夫も大戦で失い孤独な中年女性となった語り手は、旅の最中に近道をするつもりがいつの間にか藪が生い茂る深い森へと迷い込んでしまいます。木立ちを分けて進むうち、目の前に現れた荒れ果てた屋敷は紛れもなくあの...... 
そして、扉がふいにきしんで開きます。

 
 ざっと上記のような筋ですが、まず外から一切干渉できない閉じられた人形の家というのが不気味。中にいる人形たちの顔さえ見えないのも。そのせいで本来の関係が逆転し、たわいもない遊び道具のはずの人形に人間たちのほうが翻弄されているようでさえあります。

 エイクマンの作風はいわゆる正統派のホラーではなく(あとがきによれば本人は自作を「ストレンジ・ストーリー」と称したがっていたとのこと)、このままクライマックスへ突き進むかと思ったら肩透かしを食わされたり、謎が全く解明されず実にもやもやした読後感と一緒に放り出されたりといった調子です。
 その着地点の見えなさが大きな魅力の一つといえますが、逆に思わせぶりなぼかしが過ぎると苦手に感じる人もいそうで好き嫌いがはっきり分かれるタイプだと思います。私自身は最後まで何がどうなるか分からず、わくわくしながらページをめくれるのがこのジャンル一番の醍醐味という意見なのでかなりツボ。

 いっぽうで日常の世界もまたしっかりと地に足の着いた描写をされており、表裏一体として対をなす非日常的事象の異様さをなおのこと引き立てています。「奥の部屋」の場合でいうなら、物語の大半を占めているのは主人公が育った一見平凡な家庭での回想なのですが、そこにもう一つの「家」との一筋縄ではいかない対比があるようにも思えてきたり(まあ、どんな家にもある種の「奥の部屋」は存在するものなのかもしれませんが)。
 
 加えてとりわけ女の登場人物に毒を感じるというのか、このジャンルの男性作家には珍しい妙なリアルさがあるのもエイクマンの特徴といえそうです。
 「髪を束ねて」で婚約者の実家を挨拶に訪ねたヒロインの向こうの家族への本音とか、「学友」や「列車」(これは別のアンソロ「怪奇小説の世紀」に収められている作品)での、親友同士の女性二人に時折のぞく微妙な距離感なんて思わずうわ~と言いたくなるぐらい(笑) そんなことに気をとられているうち、いきなり話がぐいっと方向転換してしまうのがまた面白いんですが。

 なかなか強烈な装丁はベルギー象徴派の画家クノップフの「私は私自身に扉を閉ざす」という絵の一部をそのまま使ったもの。収録されたうちの一作「恍惚」が「あるベルギー象徴派画家の未亡人」の話なのでそこからの発想かもしれませんが、女性の内面に焦点を当てた作品が多く選ばれているこの本にはぴったりです。

 余談ですが昨日はうちでも久しぶりに一日だけお雛様を飾りました(何でも触りたがる猫たちのせいで、平日誰もいないときには怖くて出しておけないんです!)が、三、四年はしまいっぱなしだったので、この話の彼女ほどでなくても私も人形からだいぶ恨まれているかも…なんて。



追記:エイクマンの未邦訳作品、"Pages From a Young Girl's Journal" (ある少女の日記帳より)の抄訳を月に一、二回ほどのペースで紹介しています。興味を持たれた方は是非ご一読ください。
第一回はこちら
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テーマ:本の紹介
ジャンル:学問・文化・芸術

コメント

一度見たら忘れられない装丁

ベルギーの画家クノップフの絵が装丁に使われていたとは
知りませんでした。女性の眼差しが怖い。
「実にもやもやした読後感」「日常の世界もまたしっかりと地に
足のついた描写をされていて、それが対をなす不可解な事柄の異様性をいっそう引きたてて」という考察に頷くばかりでございます。「髪を束ねて」の婚約者の実家を訪ねた女性の気ぶっせいな感じは本当にうわあという感じ。もっとエイクマン作品が読みたいです。原書は高校生程度の英語力で読めるんでしょうか。

Re: 一度見たら忘れられない装丁

絵に詳しいわけではありませんけど、クノップフの絵に漂う独特の空気感は前から好きでした。
この「魔法の本棚」シリーズの装丁はどれも凝っていますが、これは外箱に切り取られた穴からちょうど顔のところが覗くつくりなのが強烈な存在感…。

エイクマン作品は海外では相当な数のアンソロジーが出ているようで、古書なら英米アマゾンなどではほとんどただ同然の値段で買えるものもありました(送料は別)。

私が持っているのは「奥の部屋」あとがきで紹介されていたPainted Devilsなど短編集三冊ですが、なかなか時間がとれずまだほんの数作しか読んでおりません(汗)

英語は私でも(もちろん辞書つきで)読めるくらいなんですからそう難しくはないと思いますよ。ただ長めの作品が多いのと、なんというのかとりわけ細部に留意したくなる作風のおかげで一作読み終えるのにわりと時間がかかってしまう感じはしますね。
せめてもう一冊ぐらいは未訳の作品を集めた新しい本が出てほしいものです。

何と冷たい小さな君の手よ

消費税が上がる前にエイクマン作品をゲットしたくて
異色作家短篇集イギリス篇を買いました。好きな作家様の作品
が沢山入っていて嬉しいです。エイクマン作品とシンクレア作品では女性の怖さが異なると思います。エイクマンは男性だからこそ女の打算や優劣争いをバッチリと描けたのでしょうし、シンクレアは女性だからこそ男のどうしようもなさや酷薄さを描けたのでしょう。「何と冷たい小さな君の手よ」は主人公の男性の孤独が胸に迫りますが、ラストはいつものように唐突に終わります。でも、そこがいいのですね。

Re: 何と冷たい小さな君の手よ

>何と冷たい小さな君の手よ

原書で買ったエイクマン作品集に入っていましたが、いまだに読めておりません。邦訳があるなら買ってしまおうかな…。コッパードや「トリフィド時代」のウィンダムも入っているんですね。

「胸の火は消えず」当時の時代背景などもあちこちに反映されている感じで楽しめました。
エイクマンとシンクレアの女性像の違いにはそういう見方もできますか。やっぱり、嫌なところが目に付くのは異性のほうなんでしょうか(笑)

国書刊行会から園芸雑誌?

家の掃除をしていたら「農業王」という雑誌が出てきました。
2006年夏、総力特集ナスとあります。多分主人が買った本だと思いますが、発行が国書刊行会とあって驚きました。
中身は家庭菜園体験記みたいな感じで字がギッシリです。

未来のSFシリーズ、書名だけは出ていますが実際に出版されて
読むことが出来るのはいつになるやら・・・。
ジーン・ウルフの「ピース」図書館で借りて読んでみたのですが
よく分からず。でも表紙の結晶入りメノウが大変美しくて印象に残りました。あまりに整った美しさで最初、磁器かと思っていたら人が作ったものではない天然の鉱物だったなんて・・・。

正しくは菜園王でした。

再レスすみません。記憶がすぐに曖昧になり勝手に脳内変換して
しまうのは歳のせい・・・。
菜園王、調べたら国書刊行会のHPに載っていました。
しかもジャンルは「日本文学」って!新刊は出ていないけど
昔の在庫はあって注文できるんですね。

Re: 国書刊行会から園芸雑誌?

国書のHP、隅々まで見てみるとこんなに意外なものだらけで面白いとは思いませんでした。占い、オカルト関係はともかく寺院用品専用サイトなんてものもあったんですか…。

>結晶入りメノウ
写真で見ただけですが本当に素敵な装丁ですね。珍しい模様や形の鉱物や貴石は、それだけで幻想文学の世界と相性がいいような。

うちでも一昨年ナスとトマトに挑戦してみたんですが、丈はよく伸びるのにあまり実をつけてくれず失敗してしまいました。いったい何がまずかったんでしょうか。ナス大好きなんで、自分のうちで収穫できたら最高なんですけど。

寺院用品専用サイト

マイナーな文学作品だけで採算がとれるのかしらと思っていたら
寺院用品専用サイトが!線香から宗派ごとのDVDまで実用品から専門書まで揃い、お値段もそれなりにするんですね。

ナスは在住の町の名産で、町役場の周りが一面のナス畑。
だから自分で作るより買った方が安いし親戚からもお裾わけされてきます。ナスは水を喰うし気温が高すぎると石ナスになって
種だらけの固い実が出来るしで結構難しいです。

大好きな黒田硫黄さんの漫画で「茄子」という、そのものずばりの題の作品があり、出てくるナス料理がすごく美味しそうなんです。特にウー・ウェンさんの「干して揚げたナスを甘辛く炒めたヤツ」は実際に作って家族の大好物になりました。
「ナス縛り」なのにSFありスポーツあり人生の悲哀ありで、
漫画の可能性の広さに感動しました。

Re: 寺院用品専用サイト

国書のHP、欲しいけれど高くて買えない本が多すぎて目の毒です(笑) 寺院用品は結構それなりの需要があるんでしょうねえ。

「揚げナスを甘辛く炒めたの」だけなら家でもよく作りますけど、その前にいったん干すんですか。食感がガラッと変わって美味しそうで試してみたくなりました。

茄子はほんとに使い勝手がいいのでメニューに困ったときの救世主です。うちで親戚から頂くおすそ分けはゴーヤがやたら多いもので、去年はさすがに持て余してしまい気がつくとすっかり黄色に…。
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