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いまさらですがスカラ座の「魔笛」

2012.01.11 03:02|音楽鑑賞(主にオペラ)
 「魔笛」ってすごく好きなわけでもないのに映像作品に限れば今まで十本以上鑑賞していて、たぶん一番いろいろな演出で見比べているオペラのはずです。
 他には「影のない女」あたりもそうですが、私にとっては純粋に音楽だけを楽しむというより、あの謎だらけの世界観に惹かれるのでそれがどう視覚化されるのかが興味の中心にくる作品。ですからCDで音だけの「魔笛」というのはほとんど聞いたことがありません。

 今回のウィリアム・ケントリッジのプロダクションは正統派とはいえないものの、結論から先に言うと私はかなり気に入りました。これまで見てきた中ではベストといっていいくらいかもしれません。筋が筋だけに特定の時代に当てはめようとするのはどうしても無理が出ますが、作品成立当時である十八世紀末の風潮が反映されているぶん、リブレットとの齟齬も納得いく範囲に抑えられていたと思います。
 
 設定はどこかのヨーロッパ列強の植民地で、夜の女王とザラストロは白人支配層、タミーノはこの地を訪れたばかりの探検家、モノスタトスは現地人の傭兵らしい服装。植民地主義、啓蒙思想といった時代背景が強調されているのに加え、パノラマ風景画調の背景や影絵・幻灯のような映像など、同時代に流行った光学ショーに関係する視覚モティーフが舞台美術の各所に取り入れられています。
 「魔笛」の要となるのは光と闇の対比というテーマですから、それを明暗両者の存在によって成り立つ光学器械に置き換え、現代のCG技術を駆使して話に組み込んだのは面白いアイディアだと感心。重めの思想問題を前面に押し出してあっても、見ていて飽きない視覚効果のせいで堅苦しさがだいぶ相殺されましたし。

 (映像技術が発達する以前の光学装置を使った見世物というのはかじってみるとなかなか面白いテーマで、青土社から出ている高山宏著「目の中の劇場」という本がお薦めです。冒頭で三人の侍女が覗いていた箱はカメラの前身の一つ、カメラ・オブスキュラ?ああいう影絵遊びのような用法もあったんでしょうか。)
 
 とりわけ全編のハイライト、夜の女王の登場シーンではシンケルの有名な装置デザインにCGで動きを加えた使い方が見もの。なお本家(シンケルがこのデザインを描いた)のベルリン国立歌劇場でもこの絵を元に再構成した舞台が1994年から使われており、97年の来日公演はNHKで放送もされたため、そちらが記憶に残っている方も多いかもしれません。
 私は「ワルキューレ」のほうに行ったので(ついでですがこれが初オペラでした)生では見てないんですが、その時買ったプログラムに載っていたオリジナルの画が凄そうだったのでテレビ放映を楽しみにしていたところ、実際のステージではいかにも書き割りっぽいちゃちさが目立ってがっかりした覚えがあります。
 
 しかし今回はCG効果でずっと立体・臨場感が出せていたうえ、アリアの盛り上がりにつれて天体運行図のような線がどんどん広がっていくのも音楽のリズムとぴったりの迫力満点の場面に仕上がっていて、やっぱり昔のものを今使うならこれぐらいやらなくちゃという感じでした。ベルリンの演出ももっと後なら最新技術を取り入れたりも可能だったかもしれませんが。

 ただ演出コンセプトを100パーセント賞賛したいかというとそうでもなく、この構図だと上から白人目線の啓蒙思想を押し付けるフリーメーソンかぶれのザラストロ、その教えに盲従するだけのタミーノ他という、すごく偏っていてスケールの小さな話に陥りかねないような...
 もっとも、そんな醒めた見方ができる一方で人間の知的探究心を賛美もするという多面性こそが「魔笛」という作品そのものなのだろうとも思いますし、演出家も意識した上であえて皮肉な視点を織り込んでいるのかもしれません。パパゲーノも落ちこぼれず皆で宇宙のかなたを仰ぎ見るようなラストシーンも、最後に時代や身分の枠を打ち破ったように感じられて私は好きです。

 演出のことばかりで歌手や指揮についてコメントするのが億劫になってしまいましたが、飛びぬけた存在感の人はいなくても全員バランスよく適役でした。私が歌手のタイプとして好みだったのはタミーノ役のピルグと夜の女王のシャギムラトヴァ。シャギムラトヴァは先日ボリショイのルスランをウェブで見て以来ちょっと気になっていました。見た目的にはパミーナのほうが合いそうだし高音がちょっと頭打ちになって伸びない感があるものの、強い声でなかなかスリリングな歌唱を繰り広げていたのが好印象。
 
 数日前に届いたOpera誌にある広告によると、もうすぐDVDとブルーレイも発売になるとのこと。でもこの演出、一度視界のいい席で生で見てみたいものです。
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テーマ:オペラ
ジャンル:音楽

タグ:オペラ感想

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